中国浙江からの細菌戦告発

麗水細菌戦被害者証言の集い

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 日本が日中戦争で行った細菌戦によって中国の人たちの受けた被害の大きさは底知れないものがあります。2年前、細菌戦被害者達が日本政府に対し、裁判を始め、日本で初めて細菌戦の事実が明らかとなりました。そしてその後、調査が進み、新たにより深刻な被害が判明しました。浙江省麗水の人たちです。この11月、その麗水の被害者達を代表して、二人の方が静岡にやってきます。「章 成森」さんと「庄 啓儉」さんです。今回は静岡市と三島市の二ケ所で証言の集いを開催します。なお、三島市は麗水とは姉妹都市の関係にあります。

章 成森さん:1942年と44年に日本軍は麗水市に侵入し占領。病原菌をばらまいて撤退。その後麗水市城内と周辺の集落80余りでペストなどの伝染病が大流行。2000人以上が死亡した。城内の城関鎮に住んでいた章さんの家族にも被害者が出た。祖父、叔母、がペストに感染し死亡。叔母は28歳で胎児を宿していた。母も感染したが、九死に一生をえた。

庄 啓儉さん:庄さんの家族が住んでいた城内、城関鎮太平坊は、最も早くペスト被害が出た。そして1942年から6年間ペストが流行。庄さんの家族では、祖母と2人の従兄妹がペストで死亡。叔母も感染したが幸いにも一命を取りとめた。


日時

場所

99年11月23日 午後1時30分--5時 

  静岡産業経済会館大会議室

99年11月24日 午後6時30分--

 三島市生涯学習センター講義室

主催:日本軍による細菌戦の歴史事実を明らかにする会

共催:映画「侵略」上映実行委員会

連絡先:Tel/Fax:054-263-0989 (森方)


三島集会報告

 早い人はもう6時頃から集まってくれました。会場一杯の参加(80人--90人)で、みなさん二人の証言者の訴えに耳を傾けました。通訳の方が大変上手に説明してくれたので、よく分かりました。まず最初にヴィデオを見て、森先生から解説をしてもらい、二人の証言となりました。現在でも麗水では、ねずみを捕まえては、ペストなどの調査を行っているとの報告を聞き、細菌の偉力には驚きました。24日の朝日新聞には、前日、静岡で行われた集会の記事が紹介されていました。


その他各地の証言集会

11/21:午後1時 大阪部落解放会館(JR芦原橋)「在日中国人との懇談会」

11/22:午後6時 部落解放センター (地下鉄鞍馬口、徒歩2分)「日本軍による細菌戦の事実と向き合う京都集会

11/22:午後6時半 名古屋市女性会館(地下鉄名城線、東別院)「麗水細菌戦の被害の実態」

11/23:午後2時 長岡厚生会館第一ホール(長岡駅そば)「731部隊細菌戦証言を聞く集い」

11/25:午後6時半 宇都宮市総合コミュニティセンター(バス、文化会館)「731部隊は中国人民に何をしたか」

11/25:午後6時半 かながわ県民センター3階会議室 「731部隊細菌戦証言を聞く集い」

11/26:午後6時半 シニアワーク東京(JR飯田橋) 「731部隊細菌戦被害者の証言を聞く集い」


2002/08/28 朝日新聞

731部隊訴訟 細菌戦実施と認定  東京地裁判決--原告請求は棄却

 日中戦争が行われていた40〜42年に旧日本軍の731部隊が細菌戦を実施し、親族が死亡したなどとして中国人の遺族ら180人が日本政府に1人当たり1千万円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟の判決が27日、東京地裁であった。岩田好二裁判長は、731部隊が細菌戦を実施したことを日本の裁判史上初めて認めた。死者数も「中国側の調査では約1万人にのぼる」と言及したが、日本の国家責任については「日中平和友好条約などで決着している」と述べ、原告側の請求を棄却した。 原告側は控訴する方針。

 政府は国会などで、731部隊の活動について「確認できない」との答弁を繰り返しているが、裁判所が正面から細菌戦の存在を認めたことで、今後、政府の対応がどう変わるかが注目される。

 訴えていたのは「細菌戦で親族が殺されたり、自分自身が被害を受けたりした」と主張した中国・湖南省と漸江省に住む中国人。

 訴訟で、政府は細菌戦の有無について認否を明らかにしなかったが、岩田裁判長は、原告本人や元隊員、日中両国の研究者らの証言から細菌戦はあったと結論づけた。

 判決によると、731部隊は陸軍中央の指令に基づき、ペスト菌を感染させたノミを3カ所から空中散布したほか、1カ所でコレラ菌を井戸や食物に混入。ペスト菌の伝播で被害地は8カ所に増え、細菌戦での死者数も「中国側の調査などでは約1万人いる」とした。

 原告らが直接被害を受けたかどうかについても「陳述書や供述は十分に了解できる、説得的なものだ」と理解を示した。

 さらに判決は、細菌戦が第2次世界大戦前に結ばれたハーグ条約などで禁止されていたと指摘。政府の責任について「国際慣習法に違反する国家責任が生じていたが、その責任は78年の日中平和友好条約などで決着した」と判断した。また、「日本の国会が立法措置によって救済に乗り出すべきなのに、怠っている」との主張に対しては、「法的な枠組みに従って検討する限り、立法を怠ったという違法があったとはいえない」と退けた。

 浜秀樹・法務省民事訟務課長の話 主文を聞いた範囲では、国の主張が認められたと考えている。


2002/9/3

朝日新聞静岡版


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