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フィリピンで起こった事実を日本に、世界に語りかける事が、家族で一人だけ生き残った私の受難の使命だと思うのです。(銃剣で7ケ所刺され奇跡的に助かったアソシナ オカンポさん)

日本の国民は、自分達の税金(ODA)が私達の生活をこのように破壊するために使われている事を知っているのですか?これは第二の侵略です!(バタンガス市サンタクララの区長 テルマ マランナさん)

日本のODAは、フィリピンの人々の発展のためよりも、フィリピンに投資する外国企業家のために使われているのです。(フィリピン大学法学部長、国連人権委員 メルリン M マガローナさん)


<推薦の言葉>

今も続く日本の侵略

 戦争責任への反省もないままに、日本は60年代からフィリピンで今度は経済活動の形で加害行為を始めました。ラワンなど熱帯木材をごっそり日本に持ってきたかと思えば、日本企業が続々工場をたてて若い女性を低賃金労働力として利用し、また、日本男性達は売春ツアーに殺到し、最近はエンターテイナーとして来日したフィリピン女性との間の子供達を遺棄する日比混血児問題が深刻になっています。そして、この映画で記録されているミンダナオ南部は、日本のための食料基地になっていて、マグロやエビやパイン、バナナからアスパラガスなどの野菜まで日本に輸出しています。そのために必要だからと、日本がODAを出して近代漁港を建設するために漁民を強制立ち退きさせたのです。フィリピンと日本の関係が、軍事侵略から経済侵略へとつながっている状況がこの映画でよく分かります。私達日本人の生き方を問い直すと共に、フィリピンの人々がどんなに勇敢にこのような状況を変えるためにそれこそ命をかけて闘っているのかを知り、連帯の活動を始めたいものです。 (松井 やより)

アジアの人々との信頼関係を築くために

 日本がアジアの近隣諸国と友好善隣の関係を再構築した江戸時代、それが一転して近隣諸国を踏みにじる事で、欧米諸国なみの大国にのし上がってきた近代以後の日本。敗戦という衝撃によって「脱亜入欧」の道の誤りに気づいたはずが、それはうわべだけで、本心では今もってアジアの人々をべっ視し、尊大な姿勢を保ち続けている私達日本人。日本はいつその誤りに本当に気づいて、心から反省し、謝罪するのかと、アジアの人々は私達の言動をを注意深く見つめている。そうしたアジアの人々に、日本人の良心の存在を示すものとして作られた映画『教えられなかった戦争、フィリピン編』に私達は、心から勇気づけられる。アジアの人々との信頼関係を築くための市民レベルの取り組みの力強さ、そこに若い世代も共鳴している事に、日本の未来への可能性を私は感じている。 (高嶋 伸欣)

映像文化協会のパンフレットより


2002年3月21日、阿波根 昌鴻さん死去

米軍への沖縄土地闘争の象徴的存在で、半世紀にわたり「基地のない島」を訴えてきた沖縄県伊江村の反戦地主、阿波根 昌鴻(あはごん・しようこう)氏が21日午前7時7分、同県豊見城村の病院で肺炎のため死去した。101歳だった。葬儀は22日午後1時から伊江村東江上3461の1、村立聖苑で。喪主は妻宮代(きよ)さん。自宅は同村川平97。

沖縄県伊江島に移住して農業に従事するが、沖縄戦後、米軍の「銃剣とブルドーザー」と言われる強制的な土地接収に遭い、抵抗を始めた。非暴力主義を貰いた「伊江島闘争」は、50年代の反基地のうねり「島ぐるみ闘争」へとつながった。(朝日新聞より)

「命を育む土地を人殺しのためには使わせない」

「私達の平和運動は、米軍基地を日本からなくしただけでは終わらない。平和憲法を世界に広め、地球上から戦争も武器もなくす。そして地球の資源を全ての人で平等に分け与える社会、能力に応じて働き、必要なだけ受け取れる社会を築くまで続けるのです。」 阿波根 昌鴻

命こそ宝

沖縄、伊江島 阿波根 昌鴻から平和へのメッセージ

1月:われわれは、先祖の畑を米軍から奪還するが、それで万事めでたしというものではない。軍隊というものを認める体制がある限り、この戦いは終わらない。(沖縄で、反戦平和の戦いを進めている人たちは、戦争が起きる原因を追求して、その原因を取り除くために平和運動を続けるという考え方をしています。平等で豊かになり、武力を必要としない社会体制を確立して平和を実現するという考え方をしています。)

1/1:1898年、沖縄県に徴兵令施行。

2月:真の平和は、弱肉強食で一部のものが繁栄する社会ではなく、共に興隆する、みなが豊かになる社会の実現を目指すたたかいを進めていかなければならないと思います。

3月:明治生まれの私たちは、日清、日露、第一次世界大戦と相次ぐ戦争で、日本の一部資本家が大きな資本を蓄積して発展したのに反し、一般人民とくに沖縄県民はイモとハダシの苦しい生活に追い込まれた記憶を、今もって忘れることができません。

3/11:1955年、米兵が完全武装で伊江島に上陸。射撃場建設を理由に13戸の住居を破壊、広大な土地を強奪。阿波根さんの屋敷も破壊される。

3/23:1945年、米軍、沖縄本土に全面的艦砲射撃開始。

4月:人という字は棒が二本。助け合って生きる。それが人間

5月:原爆を落とした国より落とさせた国の罪は重い

6月:わしらは心が正しくても国の政治に無知では人類が住みやすい平和で幸福な社会をつくることはむずかしいし、また広い知識があっても心が正しくないと、真の平和の実現はないと考えたんです。

7月:われわれ農民は、部落民全体が生きるため、この実情を世間に訴えるために、乞食になることを決意しました。

8月:わしらの運動は、悪魔を人間に変える運動。そして、米軍も天皇も、アメリカもソ連も、世界中全部の人々が、幸せになれる運動。私達が大事にしなければならないものは、キリストの愛。孔子、釈迦の教え。それにマルクス、レーニンの人間が平等に生きるための方法。

9月:戦争はいつ誰が起こしているのか、なぜ貧富の差が有り犯罪が行われるのか、歴史と政治を学ぶことが大切だと思います。

10月:アメリカ軍に勝つには、我々は人間になる。礼儀正しく、愛情をもって道理を尽くし、幼子を教え導く態度で話し合おう。

11月:本当の人間は、人間悪魔の反対のことをする人間、則ち殺し合いではなく助け合いをする。奪い合いをするのではなく、譲り合いをして生きる。騙し合うのではなく、教え合って生きていく。こんな人間を指して真の人間とも神さま、仏さまとも言うのではないかと、米軍との長い闘いの中で考えるようになりました。

12月:今、君たちが学校でやっている勉強はね、卒業証書をもらうための、自分がよくなれば良いという勉強。それも大切だが、もっと大事な勉強は、平和学習。人を幸せにして自分も幸せになるための、平和学習をしましょう。


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