「本との出会い」

 高校生か大学生のころ、友人から「趣味は、読書だ」と聞き、また、先生から「文学を読むことは、人の教養を高める」などと聞いて、自分も本を読まなければならないのではないかと考えた。いつしか文学小説を読むようになった。日本文学全集や世界文学全集を片っ端から読み始めた。谷崎潤一郎、武者小路実篤、夏目漱石、スタンダール、ヘッセ、トルストイ、ドフトエフスキー、ゲーテ - - - - - -。

 暫くして、虚しさが込み上げてきた。私は、こんなに本を読んで、どういう人間になるというのだ? 確かに、教養は、少しは上がるだろう。しかし、私の中心的な悩みである問題に切り込み、解決することができるのだろうか。5年経ち、10年経ちして日本文学全集や世界文学全集を全部読み上げたとして、それが何だというのだ。「君は、教養がある。」ただそれだけで終わるのではなかろうか? また、読書が趣味といっても、本の分野は、極めて多い。文学は、その一分野に過ぎないのではないか?こうして、私は、文学から急速に離れていった。

 本を読むことは、続いている。「私にとって本を読む意味は何だろうか」という自問は、今でも突きつけている言葉である。

 私は、昭和34年4月、中学校を卒業して、朝、豆腐を作り、昼、豆腐を売る、夜は、高校に通う毎日となった。どうして自分が夜の学校へ通わなければならないか、豆腐を売り歩く毎日なのか、割り切れない毎日が続いた。やがて日大短大の夜学から通信教育の経済学部へ編入学した。この通信の夏期スクーリングで司法試験に巡り逢った。しかし、豆腐を売り歩く毎日は変わらない。司法試験という希望を持つことができたが、他方で、自分の希望と現実との距離の遠さに愕然とする思いがあった。

 こんな時に出会った本が、「若き人々への言葉」(角川書店)だった。「星の軌道に予定されているお前には、星よ、暗黒は何のかかわりがあるか。最も遥かなる世界に、お前の輝きはある。同情は、お前に対する罪であるはずだ。」(「星のモラル」より)という詩は、電光に打たれたような衝撃を私に与えた。この本は、ニーチェ全集のエッセンスとも言える本で、200頁ほどの小さな文庫本だ。この中に、人生論、友人論などがあった。私は、この本の全文を理解することはできなかった。しかし、自分に一言でいい、問いかけ、飛躍させてくれる部分があれば良かった。この本の叙事詩に溢れる生への意欲は、私の悩みきった精神界へ流れこみ「挑戦への力」を与えてくれた。

 「彼方へ!ぼくは、行くのだ」(詩「新しい海へ」より)。私は、三島市の谷田・大中島・小中島などへ豆腐を売って歩いたが、時に、この詩を口づさんでいた。「独力で行け」、ひたむきなエネルギーは、ニーチェによって与えられた。豆腐を売る姿は、私の苦しい思い出であるが、この本との出会いが心に光っている。

 パソコンのゲームは、次々と新しいものが生まれる。新しいルールと新しいやり方が必要だ。資本主義も新しいゲームが始まっている。そこには新しいルールがあり、ここで勝ち抜くには、これまでと違う戦略が必要だと説くのがレスター・C・サローの「資本主義の未来」(TBSブリタニカ)という本だ。産業革命は、農業中心に営まれていた封建社会を新しい領主である資本家とその軍団が支配する産業資本社会に変えた。新しいゲームが開始したことを認識できなかった封建領主などは、没落せざるを得なかった。資本主義は、かつて恐竜が絶滅して哺乳類の世界が始まった平衡断絶の時代のように新しい段階に入っていると説く。

  このような社会基盤が代わる理由は何であろうか。サローは、地質学のプレートテクトニクスから考える。地球上を幾つかのプレートが覆っているが、このプレートの移動が大陸移動とひずみを造る。社会も同様だ。資本主義の要素であるプレートがゆっくりではあるがその基盤を動かし、やがて質的な変換をもたらす。共産主義の崩壊、資本社会から頭脳社会への変動、人口の増加と高齢化などがそのプレートであり、資本主義が生まれた時期から大きく動いているという。

 この本は、内容もさることながらアプローチの手法にも牽かれる。私たちは、プレートのひしめき合いの中に生きる。仕事や家庭のプレートの中で我々の精神界プレートは、軋みを立てる。中・高校生などがいじめにより自殺したりするのは、そのプレートの厳しさの中に沈み込まれていくことを表している。そして、我々が如何にしてプレートに対処すべきかを問われているように思える。

 私は、ある方から1冊、ある時は5冊と本を頂く。10冊をお贈り頂いた時は、家内ともども何が届いたのだろうかと、びっくりしてしまった。私は、この方にどのようにお返ししたら良いだろうかと考えた。結果は、今度は、私が感銘したりした本を、他の方々に頂いた本の数以上にお送りすることだと思った。「資本主義の未来」この本は、私が、知人に贈らせて頂いた本の一つである。

98.4.18 土. 記

 この原稿は、静岡新聞から依頼されて書いた2(98.5.9 夕刊搭載)と3(98.5.2 夕刊搭載)の原稿に1を加筆したものです。



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