釣り師と魚そして野次馬
1、伊豆には、格好の釣り場がたくさんある。沼津港から伊豆半島の方向へ向かうと釣り場は、重須、三津、戸田、松崎、半島先端の石廊崎、ぐるっと回って城が崎や伊東の港、沖へ行けば島があり、初島、大島、伊豆7島がある。そして、究極の釣り場、ゼニス、キンスがあって釣りキチのメッカみたいなところだ。魚の種類も多い。獲物は、シマアジ、いさき、真鯛、黒鯛、キス、アジ、選り取りみどり。
魚を釣るコツは、いろいろある。竿や針、仕掛け、ポイントなどだ。竿は、魚によって柔らかめのものから、強めのもの。釣り針は、スマートでいて鋭くひっかける。その種類は多い。釣り時の話で朝マズメと夕マズメがある。魚だって、食事時がある。そこに狙いをつけて釣りを始めなければならない。釣りキチに言わせれば、このようなコツは、コツのうちには入らないかもしれない。
このコツの中にコマセを揃え、これを撒くということがある。これは、重要な部分を占める。アジやイサキは、アミエビを撒くのが、ほとんどだ。黒鯛になると、サナギやカニがコマセとなる。コマセって知っているかな。釣りたい魚を呼び寄せるために、無駄のようでいて無駄にはならない、えさを撒くことさ。これは、餌ではないから、針は付いていない。コマセを撒くと、いっぱい魚がよってくる。釣りたい魚から、釣りたくない、どこかに行って欲しい魚まで、せっせと餌をついばんでいく。もちろん、魚影がまったく見えない場合もある。アジ釣りのコマセに寄ってくるのは、ベラやうまづらだ。小さな口で、チョコチョコっとたべ、餌がなくなると、さっと散っていく。まあ、要領の良い憎い奴と言うところだ。
いろいろ釣りの話をしたが、私は、今、釣りは野次馬の方だ。友達がたまに誘ってくれると、1年に1回くらい行くことになる。かつて、試験勉強をしていたときは、良く釣りに行った。試験勉強が激しいとき、友達から遊びの誘いがあっても誘いを断り勉強に向かわなければならない。試験が終わると、少し遊びの心と時間が生まれるが、今度は、私の方から誘うのは、若干申し訳がないし、誘えるのも限りのある友人となる。こうして、遊びは、一人で出来る釣りに流れた。獲物は、カサゴ・アジ・いわし、まあ、数釣れればよい方で、およそ釣り師と言うにはほど遠い。しかし、アジ・いわしを狙うときには、せっせとコマセを撒いた。
2、最近、私は、自宅から事務所まで、事務所から自宅まで、歩いている。もちろん三島から沼津まで行くのだから、三島沼津間は電車に乗り、自宅と三島駅、沼津駅から事務所を歩いている。健康のためと、自動車利用状況の減少と温暖化を防止できるのではないかという壮大な考えだ。
こうして、毎朝、三島駅に向かうと、道すがらサラ金の事務所のお嬢さんが、ある時は1人、また、ある時は2人で、テッシュペーパーを通行者に二袋づつくれる。最初は、なんだろうかな、と、受けとったところ、ポケットテッシュだったわけだ。沼津駅におり、地下道をくぐって西武デパートの新館入り口に出ると、また、別のサラ金のお嬢さんがテッシュを二袋渡してくれる。こうして、渡される袋をしっかり受領すると、1日に4個集まる。
このテッシュ、JRの駅のトイレに行くと同じではないが、100円で売っている。こうして無料で頂くと困ったときに威力を発揮してくれる便利な奴だ。だから、渡されるままに、貰っていた。背広のポケットにだんだん増えてくる。法廷へ行く鞄の中に2つ。しかし、まだまだ増える。増え続けるテッシュを今度は、テッシュペーパーの空の箱に袋ごと詰めていった。「経済的だなあ。買わなくてもいいや。」しかし、最近は、置くところがない。
中国から来た人やその他の外国人なんか、びっくりする。ニュージーランドのニュープリマスから来た中学生と先生は、大喜びだ。なにしろ、きれいなテッシュが二個も貰えるのだから、おみやげにちょうどいい。中学生も先生もたくさん貰っていった。ーークレジットとか、ーー信販と書かれていても分かりゃあしない。かりにピンサロのテッシュを中学生が貰ったって、意味はわからない。まさに、日本は豊かな国だ。「黄金の国、ジパング」の再来である。なにしろ、テッシュは、黄金の国に関係があるしろものだ。
私の方は、ただただ、貰ってばかりいると、「悪いなあ」と思う。「借りにいかなきゃ、いけないかなあ」。「いやいや、とんでもない」。借りに行こうかとは、まだ、思っていない。こうして、最近は、渡そうとしても貰っていない。しかし、差し出してくるかわいいお嬢さんの袋をお断りするのも、また、「悪いかなあ」と悩んでしまう。こんな、毎日を繰り返していると、いろいろと、今まで思わなかったことが浮かんでくる。テッシュ思考の発展段階だ。
そもそも、毎日毎日、テッシュを無料で配るなんて、それでいいのかなあ。と、考えてしまう。ポケットテッシュは、大量に注文すると、テッシュのみで5ー6円、これに広告が入ると8ー10円だ。ただ、安く買うために100万個などと超大量に注文すると良いように思えるかも知れないが、何しろガサがある。30、30、50センチの箱に500個くらいはいるだけだから、保管が大変だ。それこそ、倉庫代、輸送料など馬鹿にならないから、必要な都度注文することになるだろう。いずれにしても、ただではない。これを毎日、せっせと通行人に配るのだから、半端な数じゃあないし、半端な額じゃあない。
これ、すべて経費に計上するんでしょう。そして、その経費は、高利を支払う消費者の負担になる。これじゃあ、借りる人はかわいそうだなあ。しかし、単なる広告をするより、利用できるものを配るのだから、気が利いているじゃあないか。と、いろいろ反問する。
最近は、こういう会計税務論より、このテッシュを配るのは、釣り師と魚のコマセ関係論に発展してきて自問自答する。相手は、上手な釣り師である。しっかりと朝マズメを狙って、竿を持ち、釣り針を用意して、盛んにコマセを撒いている。あのお嬢さんは、釣竿かしら?もしかして、釣り針なの?最近は、テッシュを貰わないで、お嬢さんの顔を見ている。うーーん、なかなか、かわいらしいお嬢さんじゃあないか。三島駅でも、沼津駅でも、せっせとテッシュを配っている。この人、社員かなあ。アルバイトかも知れないなあ。時給はいくらなのかなあ。このお嬢さんを釣り針というには、にこにこしていてすごみがない。じゃあ、サラ金の釣竿かなあ?それほど重要な役割とは、いえないだろう。サラ金のお兄さんがポケットティッシュを配っても人気はいまいちだろう。コマセを撒くに、撒いたコマセの上に人影を作るようなもので、魚は逃げてしまう。かわいいお嬢さんは、コマセを撒く係りという他はない。
大量にコマセを撒いて、コマセに寄って来て、釣られる人はいるのだろうか。「まあ、いるから、配っているわけですよ。」釣られる人ってどんな人?どのくらいの率で釣れるのかしら?お金を貸し出す際に、「何で当社をお知りになりましたか。テッシュ?テレビ?新聞?」なんて、統計取っているのかなあ?
釣り師からすると、私は、「コマセ」をチョコチョコとかっさらっていく、小憎いベラか、顔が長いからうまづらだ。更に、最近のように、テッシュも貰わない私の態度になると、コマセに寄りもしない、「生意気なうまづら」になるのかも知れない。「いやいや釣りたくもない魚だよ。」
釣り師の技術をいろいろ考えると、コマセばかりではない。疑似針もある。町で見かける疑似針ってなんなのかなあ?また、魚が引っかかったときの、釣るタイミングの問題もある。急いで竿を揚げすぎると、逃げてしまう。
こんなふうにいろいろ考えている。この疑問と発想は、何処に行き着くのだろうか。しばらく、このテーマは、私の頭を駆けめぐっているだろう。
1997.6.11(水) 記