「授業料」 商店の経営者から、「売掛金が溜まっている客が支払ってくれない。」と債権回収の相談を受ける。話を聞く際に、まず、尋ねるのは、「相手に財産はあるかな」ということだ。勝訴判決を貰っても、相手に財産がなければ、判決は絵に描いた餅になる。印紙を貼り、弁護士に手数料を払って一銭も回収できないことになると、弁護士に文句もでる。「先生、これじゃあドロボウに追い銭だよ」と言われよう。だから、相手に財産がない時には、訴訟を引き受けず「授業料だよ」と諦め願うこととなる。そして、相手が倒産状況ならば、訴状で請求ではなく、逆に内容証明郵便で「貴殿の債権を放棄します」とやるようにアドバイスする。店の経営が大幅黒字の場合にこれを行なえば、売掛金がその分減るから、大いに節税になる、というわけだ。
こういう授業料を払うのは、何も、飲食店に限らず、あらゆる業種にある。固い銀行、貸す時にしっかりと担保をとり債権回収不能などあり得ないではないか、と思えるところでも、取り立て不能という事態がある。会社が倒産して担保にとった不動産を競売しても、当初、試算した価格で売れない場合もあるから、授業料を払うのは、同じだ。
さて、弁護士では、どうだろうか。債権回数を依頼されるほどの職業だから、カッコ良く、「我々には、授業料を払うことはありません」といいたいところだ。しかし、我々にも、授業料を払うことがある。
−−年4月末、暖かい日が続きゴールデンウイークも間近いころだった。我々も、「さあ、休みに突入するぞ」と楽しみにする時期だ。小学校5年生の女の子を持つ主婦から相談を受けた。「酒酔い運転で、主人が交通事故を起こし、逮捕され起訴されてしまいました。何とかして欲しい。」というものだ。起訴されて我々がすぐ行う仕事は、保釈請求だ。奥さんの話では、保釈金は何とか用意できるから、手続きをしてほしいという。ゴールデンウイークを楽しみにしている子供にしてみれば、事情は知らないにしても寂しいことだろうと、私は、思うこと仕切りだ。
保釈申請となり、金100万円の保釈金を積んでくれれば、釈放される話となった。この金を連絡したが、なかなか用意してこない。2日経ち、3日経ち、5日しても、持ってこない。勾留されている夫の方に面会に行ったところ、「私は、10年前、詐欺の前科があるから、入っていた方がいいと思う」と、かわいくない返事をする。
さてどうしようか、事務所で検討した。「金が用意できないのは事情があるだろう。子供も寂しいことだ。弁護士として保釈申請をして、金が用意できないから保釈申請を撤回するというのは、仕方がないとは言え、避けたいところだ。事務所で用意してやろう」と言う意見が出た。他方、「彼は、出なくてよいといっている。弁護士費用が踏み倒されるのは良いが、保釈金まで、立て替えるのは、没収の危険がある。」という意見も出る。私は、後者の意見だ。結局、自分が出すという先生の意見に従い、彼は、保釈された。
しかし、公判期日が近づいても連絡をよこさない。いつもの事件では、被告人から連絡が来るものだが、彼の場合は、連絡がない。私の方で彼に電話をすることになった。「示談はどうなったか、今度の公判の準備ができないから、打ち合わせに来るように。」と。公判の度に、いつもこんな具合だ。私は、この段階で、弁護士費用は諦めた。それよりも、最悪の場合は、彼が実刑を恐がって逃げれば、立て替えた保釈金が没収だ。被告人には、「まず、被害者に弁償をして示談をしてきなさい。示談ができないと、執行猶予も難しい」と言い、何度か公判を続けていく間に、やっと示談が成立した。
最終弁論がやってきた。私の心の中は、「打ち合わせには連絡してこないし、保釈金を立て替えたことについて感謝という気持ちもない。まったく、とんでもない奴だ。これじゃあ、再び同じようなことをやるな。実刑も考えられるところだ」と思いながら、「えー、示談も取り交わされて被害者への慰謝は済んでおります。家には小学校5年生の子供がおり、生計の柱がいないことになると、本人以外に刑により苦しむ者が出る結果となります。−−−−今回に限り執行猶予をお願いしたい」と弁論する。
執行猶予が出た。これで、保釈金の没収は、逃れられた。被告人は「先生ありがとうございました。近日中に、お礼に伺います」と挨拶する。私は、「良かったね」と返事する。しかし、心の中では、「こいつは、事務所に来ない」と呟く。1ケ月ばかり過ぎたある日、事務員が「先生、彼の奥さんが来ましたよ」と言った。
「へー、何しに来たの。彼らは、来るはずがないのだが、」と一瞬、自分の読みに誤りがあったか、とうろたえる。
「また、捕まったんですって!」
「それじゃあ、来るはずだ」
彼は、この事件で国選弁護人を選択したので、私は、2度目の授業料を払うことはなかった。
授業料を払う場面はいろいろあるけれど、こんなことは、初めてだ。苦々しくって、象徴的で、汗をかいた授業料だった。
ところで、「ねえ、誰か、このお金取り立ててくれない?」1992年 平成2年3月11日 記