さまざまな人生 「老人の再婚」

 医学が発達して、ポリオや天然痘は根治できた。ガンなど治せなかった病気も治療できるようになった。エイズのような病気も出てきたが、その治療研究はめざましいものがある。アフリカでは、食糧危機で多くの子どもたちが死亡している国もあるが、日本では幸いに豊かだ。自給率30パーセントとはいっても食料品の輸入量は膨大で食品の品数はもとより品質も高い物が食卓にあがる。栄養も豊富になった。上下水道も完備し、生活環境も清潔である。こうして日本の平均年齢は、次第に高くなり、今は、男子78歳、女子85歳が平均年齢となった。高齢化社会が叫ばれて久しいが、まさに、日本は、高齢化の一途をたどっている。人が高齢化すると、次第にぼけるとか、仕事ができなくなって収入をどうするか、とかいろいろな課題が出てくる。

 「おまえ100まで、わしゃ99まで」というくらい夫婦が二人とも長寿を長らえれば、幸せだ。子育てを終わり、夫婦で旅行や社交ダンスを楽しむほほえましい夫婦をみるが、老後の充実した生活は夫婦健在により生まれる。しかし、夫婦が二人とも長寿を全うできるのは、少なくなる。男性の寿命と女性の寿命に差があるし、病気や事故による不慮の死は避けられないからである。そして、高齢化社会が進行してくると、ますます、一方が生き残る率が高くなっていく。

 女性が生き残った場合には、再婚率は、低いようだ。それは、生活をしていく上で取り分け支障が無いことが大きな理由だろう。亭主は、元気で留守がよい、と言う言葉にもすでに現れている。それに引き替え我々男性は、女房殿の支えにどっぷり浸かっている。朝、下着ワイシャツ靴下を出してもらい、食事して出かける。仕事から帰ってきて食事がテーブルに出てきて食事し、後はいわば寝るだけで、翌朝、きれいな替え着が自動的に出てくるような感覚だ。家のことなど、分からない。だから、女房に先立たれた場合には、食事、洗濯から困ってしまう。下着は、何処にあるのだろう。バンドやワイシャツ、春物、夏物など所在がさっぱり分からない。貯金通帳や保険証などどこにあるのだろうか。家庭のことは、一切合切わからず、途方に暮れてしまう。取り分け家に帰っても話し相手がいない家庭は、つまらない。

 成人した子どもたちからすると、母親が残ったときには、母親は家事洗濯ができるし、世話を焼いてやる必要がない。むしろ、安心できる家政婦ができたということにもなるかもしれない。しかし、男親が残った場合には、厄介者が残ったという感が強い。食事、洗濯、何するわけでもない。わがままで扱いにくい子供が一人増えたようなものだ。男の場合、独り身を味わうことが多くなる。

 50歳を越えて1人となった場合、平均年齢75歳から考えるとまだ25年もある。25年も一人で生活するとなると、暗澹たる気持ちになることは、理解できる。60歳でも15年はあり、自分は平均寿命より長くいきるだろうと考えるのが、人の常のようだから20年か30年一人で暮らすのは、いやだなと考える。そこで、再婚と相成るわけだが、子どもたちの反対も多くなる。父親の面倒を見るのもいやだが、後妻が入り、財産が後妻に流れるのもいやだと言うわけだ。これでは、残された父親はたまらない。まあ、さっさと再婚するさ、と思う。ただ、婚姻届を出さない通い婚と言うのも最近、多くなっているようだ。男性女性ともに以前からの生活があり、互いに、これを壊すこともできない。かといって終生一人というのも寂しいと言うわけで互いに親族友人などに公開した上で交際するわけだ。こういう間柄もよいことだ。

 ところで、70歳を過ぎ、また、80歳近くになって一人身となり、再婚する人もいる。理由は、同じようなものだ。70歳でも婚姻できる男性は、なかなかいないだろう。ゴルフでたまたまご一緒した方が80才近い方で、昨年結婚されたばかりだと言う。「来年あたりは、おめでたの話がありますね」と話したら、「連れの方は55才で、子どもは無理だな」と明るい返事が返ってきた。このように結婚できる幸福者は、地位も財産もある方となろう。

 さて、このような場合、婚姻届をして僅か1年、2年で当の男性が死亡する事態にいたることも多くなる。民法では、妻はいつも相続人であり、子どもがいる場合には子どもと妻で半分の相続分があり、子どもがいない場合には、妻が3分の2、兄弟姉妹が3分の1となる。婚姻届け出後翌日で死亡してしまっても財産は、妻に半分いくことになる。

 このような結果を考えて、遺言を作って結婚するご老人もいる。結婚に先立ち子どもたちに対し、財産を相続させる旨の遺言を作るわけである。もっとも、結婚すれば、後妻に遺留分があるから遺言ですべては決まらない。いずれにしても、考える能力のある人は、遺言を作ったり、そのほか生前贈与を考えたりして、財産のバランスある分配を考えるが、多くの人の場合、遺言を作ったりしないで自分の感情の思うまま結婚に至る場合が多い。一人でいるのはいやだ、結婚するんだとばかりに結婚していくわけである。だいたい、賢明な人の場合、紛争など縁が少なくなるが、多くは法律など知らない人が多いのだから、紛争も出てくると言うものだ。

 私が受任したケースは、35年連れ添った68才の男性が2年後70才で再婚し、婚姻届をしないと息子たちに約束したが、婚姻届をして2年後に死亡した事例であった。当然、妻に相続権は2分の1あることとなる。息子は、怒った。母親は、65歳でなくなったが、父の人生の多くを支えてきた。自分の母親の貢献、寄与はどうなるのか。夫婦が健在の場合、ともに買った財産は夫婦共有である。離婚の場合には財産分与があり、夫が先に死亡した場合には、その妻には2分の1の相続権がある。これらは、ともに作ってきた財産の清算をすることにあるが、母親が先に死亡したとたんに全くの無価値になってしまうのか。後妻に、これらの権利が全て行ってしまうのか、である。

 私は、もっともだと思う。もとより、後妻の方に財産をやらなくて良いというのではない。何が公平かの問題であり、先妻が貢献して築き上げた財産を後妻に相続させて良いか、どのくらいの額が後妻に相続として承継させて行くべきかの問題である。

 この件は、法廷で争われた。私は、次のような主張を行った。夫名義の財産は、確かに夫名義であるが、亡くなった妻の功績が多く、無くなった妻の相続分が含まれている。この部分は、2分の1であり、後妻の相続分の対象の相続財産から除くべきである。先妻の寄与分は、先妻が死亡したことから直ちに無くなるべきではない。このように先妻の財産形成寄与部分を夫の相続財産から除いても後妻の期待を裏切らない。そのほか、種々主張した。本件では、最高裁に上告したが、私の主張は、採用されなかった。しかし、高齢化社会が進行していく中で、80才の男性が長く連れ添った奥さんに先立たれ、再婚し、1年くらいで死亡した場合、夫の全財産を対象に文字どおり2分の1の相続権が認められるとは、思えない。高齢化社会になって、法改正も考慮しなければならない条文の一つであろうと思う。

 亡くなった当のご本人は、なんとこの紛争を眺めているだろうか。我々は、公平な配分が相当と思い、この条文の行方を見つめたい。

沼津市立病院において 1995年  平成7年2月18日 記


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