クルーザー


 クルーザーに乗り駿河湾から見る富士山は、くっきりと空に浮かび上がりまさに霊峰不二の山だ。駿河湾に接する伊豆半島の西海岸線は、起伏に富み、フィリピンプレートに乗ってきた伊豆半島は、ここでもぐり込むためか急斜面で海岸線を形成し、深い海溝に至る。人の誰もいない入り江が至るところにあり、ここに碇を降ろす。海面は湖水のように穏やかに、夏の光の中にきらめく。船から海に糸をたらし、カサゴや黒鯛をつり上げる。船から水中眼鏡をかけて、水に潜れば、魚が泳ぎ、海藻はゆったりと揺らいでいる。海岸へ下りて釣った魚のバーベキューをやりながら、ビールをキュッと飲む。

 こうして、1984年5月、船の免許を取ることになった。受験料は、受講料を含めて8万3000円、いわばお金で免許を買うようなものだ。試験は、学科と実施である。どうせ、勉強するなら将来船の事故の紛争にも役立つかもしれないと、まじめに取り組む。船と船が互いに正面に接近した場合、どうするか。避けなければならない船はどちらか。追い越しをするときは、どうするか。問題は自動車に似て答は自動車と違う。

 本には、観天望気を良く行うこととある。観天望気とは何だろう。受験の本には、余り説明がない。内容を知らなくても合格するようだ。いろいろ本を買い増やしてしらべると要するに、五感の作用で、雲の量・高さ・流れ、風の方向や強さ、波の高さ、潮流などを見て天気の変更を予知することとある。

 観天望気をしてもどのように天候が変って行くか、さっぱり分らない。どのような観天望気のときに、どのように天候が変って行くかを調べることとなる。「西の空が晴たら、こちらの空も間もなく晴る。」「朝雨が降っているときには、午後は天気が良くなるから、雨具は不要」という。先日、朝雨が降っていた時この言葉を思いだした。しかし、勉強の成果もなくノコノコとコウモリを持ってでかけた。午後、雨は止んだ。観天望気、少しは、役に立つようだ。法規や一般知識について満点になろうと勉強した。かくして満点となった。もっとも、成績発表はないので、自己採点だから当てにならない。

 実技は、当たり前だが船に乗る。まっすぐ走らせたり、8の字型に船を操舵する。「右舷落水」という声がする。すかさず、右に舵をとる。スクリューに落水者を巻き込まないようにするためだ。操舵が遅かったり、左に反転すると「落水者死んじゃった。これでは、不合格」と言われる。実技は、受講生が自動車の実技と同じように交代で船を運転する。

 運転を暫く続けていたところ、海に出て船が故障したらどうなるか、心配となった。船の場合には、自動車と異なりブレーキがない。走るところは広いが、海では舗装がされている訳ではない。更に、考えを深めると、ガソリンがなくなったら、歩いてガソリンを買いに行けるものではない。エンジン・トラブルで船が止まったら自分で直すしかなく、整備屋さんを呼びに行けるものでもない。こうして、免許を取る前から、「船は、こわいものだ」と考えるようになった。40才だから、別にそれほど年寄りではない。しかし、隣の若い20代の受講者は、「うわー、楽しいなー」と顔を生き生きとさせている。「うーん、差があるなあ」。

 こうして、試験合格の前に私の心は船から遠ざかることとなった。自動車は安全だ。道路は舗装で平坦だし、ガス欠となっても、故障をしても何でもない。道路で待っていればいい。しかも、ブレーキがある。4級小型船舶運転免許証が手元に来たときには、運転する気がなくなっていた。それまでに、結索、航海術、船舶信号、操縦法、気象学、船舶法規など船に関しての本を15冊くらい買った。しかし、ほとんど読まなくなった。結局、棚の飾りとなっている。ときどき、友人と船の話になる。「ほんと、船はいいよ。海に浮かぶ船を見るのはいい。カッコいい。絵になるよ。乗せて貰うのもいい。だけど、運転するのはねえ。やだなあー」と答える。


 「あなた、免許とってよかったじゃあない。8万3000円の価値あるわよ。何しろ、船を買おうと夢でも思わなくなったからね。成長したわよ。」と家内のいかにも楽しそうな声がする。

1984年 昭和59年7月9日


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