「海外商品先物取引」
6月6日夜八時ころ、私の自宅へ静岡県賀茂郡松崎町の知り合いから電話があった。「近所の82才になる一人住いのお婆さんが、海外商品先物取引の売買契約を締結し、預金通帳と印鑑を相手方に渡してしまった、預金については、引出ができないように郵便局へ申し入れてあるが、相手方は、厳しい態度で申込み金額を支払えと言って来ており、明日は相手方が来るという、どうしたら良いか」ということであった。
6月6日の朝日新聞を見ると、中国残留孤児の妻が豊田商事から、良い生活ができるようになると、現物まがいの金取引の勧誘を受け、大金546万円の定期預金を解約してこれに応じたが、詐欺まがいの話しだった、また、6月9日の朝日新聞には、退職金や年金を積立てたお金をやはり豊田商事に預けたが、これも同様の内容であり、債権者らが仮差押をかけたという浜松の事件が掲載されている。近年の新聞記事は、このような記事が多いが、このようなお金であれば、自殺をするような家族も出てくるようになり、深刻な家庭問題・社会問題である。
私の依頼を受けた事件は、会社は異なるが、これに類似する事件であった。6月7日は、ちょうど下田の受任事件があり法廷があったので、事件が終った後に会う約束をして電話を切った。当日、相手方会社の担当者は、すでに来ていたが、帰って貰い、お婆さんから事情を聞き始めた。82才のお婆さんから聞きだすことは容易なことではなかったが、次のような内容であった。
6月5日昼ころお婆さんの家へ電話があり、「儲かる話しがある、セ−ルスマンが行くから是非聞いて欲しい」とのことだった。ことわったが、話しだけだからと何度も説得された。4時、セ−ルスマンが訪問して来た。いろいろと海外商品先物取引の説明をしてくれたが分からなかった。海外商品先物取引というのは、一般人たる我々が大豆や金の投資を行うのであるが、この舞台が日本の商品取引所を通じて行うものではなく、香港・米国の商品取引所を通じて行うものである。海外商品取引は、現実の取引が海外という日本国家権力が及ばない場所で行われるだけに実態がつかみにくい取引である。このような商品取引は、通常の人が分かろうはずもなく、まして82才のお婆さんでは、チンプンカンプンである。ただ、儲かるから、大丈夫だからという話しにのせられて契約書に判を押し、金130万円余の預金通帳と判を預けてしまった。しかし、セ−ルスマンが帰った後、幸い近所の方が一人住居のお婆さんの身体を心配して定期的に訪問していたので、その話しを聞き、郵便局へ引き出し停止の申し入れをした。だが、相手方会社のお婆さん側への請求は厳しく、解約するならば金150万円の支払をせよとのことだった。警察が介入したが、相手方会社は、「正当に契約を締結したものだから警察が入る余地はない」と突っ張ね、警察も手を引かざるを得ないということであった。
さらに、話しを聞いていくと、お婆さんが相手方会社に預けたお預金は、戦死した息子の遺族年金を預金したものであるという。そして、海外先物取引契約書を読ませると字が読めない。彼女は、小学校を卒業したが、家の事情で録に小学校も行けず読み書き余りは出来ないという。
このような事件に接し、私は、次のように考えた。
1. 海外商品先物取引については、商品を真実買っているのか、セ−ルスマンは商品を買うとは言うものの現に取引をしていない事例が多くある。もし、品物を買っていないのにかかる取引を勧誘していたならば、詐欺になろう。
2. かりに、現物を買っていたとしても、商品取引というものは、取引により得をすることもあるが、損をすることが多く、常に利益を売るような説明をしていたとすれば、やはり詐欺罪の可能性がある。
3. 会社は、適法に許可を得た会社であろうか。
4. また、本件では、一人住いの82才の老婆、字の読み書きも余りできず、海外先者取引の何たるかが全く分からない者を相手にし、かかる契約をするということは、著しく正義に反する。このような契約は任意に締結されたとしても公序良俗に反する無効な行為であると考えるべきである。
5. 社会啓蒙のため新聞社に報道して貰うことも考えねばならないと考えた。私は、事案解決の早道として、とりあえず4.の考えを採用することとし、6月8日相手方会社に対して、「貴社との海外先物取引契約は公序良俗に反して無効である。従って、貴社に対し何等の債務がないと思料しているから承知されたい。」との内容証明郵便を送った。もし、これに承知しないならば、直ちに訴訟を提起しなければならないと考えていた。しかし、相手方会社の回答は早く、6月10日、債権は存在しないことを承諾したとの電話があった。しかし、債権はないとの書面を出すことは、いまだ拒絶しており、相手方会社には、誠実な対応が見られないので、未だ、新聞報道の必要があるのではないかの疑問は残るが、ともかく本件は以上の形でおおよその解決の方向となった。このように本件は、早期に解決したが、この例のように解決することは、稀と言ってよい。その意味で、勉強となる例である。どのように勧誘するか、どのような人を相手にするか、本件はなぜ早期に解決したか、種々考え参考にして欲しい。
商品取引、株式売買、ネズミ講など種々の「うまい話し」は、昔も今もつきない。そして、最近のこのような話しは、より巧妙になってきており、このような話しに乗った人は、悲惨な結果が待っている。「うまい話し」には警戒し、努力や労働をしないで利益を得ることは絶対ないと考えなければならない。
昭和60年6月11日 記