ボクにはクレーン達の気持ちが分かります、「えっ!!!ウソつくな」て思うかもしれません。
なぜならクレーンは"機械"であって"人間のような心"なんて持つはずがない・・て思うからです。
 皆さんにも、子供の頃があったことでしょう。子供達の発想は大人から見るととても奇抜で想像力がとても豊かです、思ったことを何の疑問も持たずにストレートに表現するからです。
 例えば雨が降ると「お空が悲しくて泣いているんだな・・・」とか「トンボは風から生まれるのかな・・・」子供達は思いのままにイメージを伝えてきます  大人達にしてみれば「何をバカなことを言ってんだ」と一笑して終わってしまいます。
人は大人になるまでに学校や塾、あるいは家庭などでいろいろなことを勉強します。そしていろいろなことを "知識"として覚えます、数学、英語、それ意外にも物事の理論、成り立ち、そして"雨"のことも"トンボ"のことも、事実を知るようになります。そしてやがて大人になっていきます。
 しかし、それとは逆に自分の心にとってとても大切な、子供の頃の豊かな"感受性"や"感性"、"純粋さ"などは徐々に衰えていきます。だから何の迷いもなく「何をバカなことを言ってんだ」なんて大人達は相手の心を傷つけることを平気で言ってしまうのでしょう。
 その結果"感性"どころか"品性"までもなくして、俗に言う「オヤジ」や「オバサン」になってしまうのです  でもボクは大人になった今でも、"純粋さ"、"優しさ"、"感受性"何かを大切に心の中に持っています。
そんなボクには、クレーン達の心の声が聞こえてきます。そしてクレーン達と話すことができます 心に"純粋さ"がなければ、クレーン達と話すことなどできません。クレーン達も心を開かない人たちには応じてくれません。  
ボクはこの世に存在するどんな物にも、"命"があると思います。お菓子の袋でも、クレーンでも、もちろん人間にも、それはとても大切なものです。しゃべらないから、プラスチックでできているから、鉄でできた機械だから、そんなことじゃないと思います。
 その物たちを作った人たちの想い、祈り、願い、そんな想いが、物達の"命"として宿っているのです。魂とは別物です。その物たちを作った人たちへの"感謝"の気持ち、そんな想いに気付いた時、物達の心の叫びが聴こえてきます「万象肯定、万象感謝」ですね、自分はこの世に生かされている。物達はそんなことを思い出させてくれます。
 人は自分1人では生きていけない、みんな誰かに支えられて生きている、お菓子の袋がなければ持ち歩くことができない、クレーンがなければコンテナを動かせない、みんな同じことです。  そんな大切なことを今の人たちは忘れてしまっています。
そして心まで寂しくなってしまっています、すぐに人を傷つけたり、殺したり・・・いつのまにか心まで亡くしてしまっています、感謝の気持ちも優しさも、  ボクはそんな人たちを見ていると、寂しい・・悲しい、そしてもどかしい。そんなことしてても何のプラスにもならない・・・どんどん心が病んでいくだけ。
クレーン達はボクに大切なことを思い出させてくれました、ボクはそんなあの子達がとても愛おしく見えます。 皆さんも、もう一度 "優しさ"思い出してください。
これがクレーンを愛するボクの考えです