第4話 「記憶と記録」
人が目にしたものを残す方法には記憶することと記録することの二種類があります。「記憶」とは文字通り頭脳に何らかの形(例えば映像とか言葉など)で覚えさせることです。一方「記録」とは頭脳でないものに物理的に映像などを残すことです。写真はその典型といえます。
人がある風景を見た時、一旦脳に記憶されます。でもその記憶はすぐに大部分が消えてしまいます。記憶を反復することでより強く記憶することができますが、ほとんどの場合意識的に反復活動をしないと困難です。しかし写真などの方法を使えば反復は簡単です。写真は人の記憶を補完する一助になります。
「この瞬間を撮っておこう」と思う時ってどんな時ですか? 「その瞬間」をいつまでも残しておきたい時だと思います。友人との旅行、子供の成長過程、親子のスナップなどなど。二度と来ない瞬間、でもいつかまた見たいと思う瞬間は誰にでもあります。写真は記憶に残しきれない、けれどもいつまでも消えてしまってはいけない場面を残す最高の方法です。
写真を見ると、その写真を撮った時の記憶がよみがえります。中には消してしまいたい記憶もあるかも知れません。そんなときは写真を捨てることで記憶も過去の事実も消し去ってしまう気持ちになれます。写真はその人の人生をつづる記録でもあります。
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デジカメの話題になると、最近「記憶色」という言葉を耳に、目にします。実際の色をそのまま記録するのではなく、意図的にやや彩度やコントラストを強調して記録するのです。その方がより鮮やかで見栄えのする写真が仕上がります。デジカメの高画質化が始まった頃は、CCDのフィルターには補色系が多く使われました、補色系フィルターのCCDは感度が高く、解像度が高いのが特徴です。まだ光学系や画像処理回路のレベルが今に比べ劣っていた頃のデジカメは、補色系CCDフィルターを使うことで解像度を補ってきました。しかし補色系CCDフィルターは発色の面では原色系よりも劣ります。補色系のカメラはやや地味な色になってしまうのです。しかし実際の見た目の映像はむしろその補色系の色に近いと言われています。
今日のCCDは技術の進歩によって感度も高く解像度も改善されています。そのためあえて補色系CCDフィルターを使わなくても、原色系で充分実用的になってきました。昨年辺りに登場したデジカメの多くが原色系CCDを使っています。それまでの地味な発色がやや物足りなさを訴えられてきたために、原色系CCDフィルターが幅を利かせてきたのです。たしかに発色は鮮やかになりました。むしろ実際の色よりも派手になりすぎることもあります。空の青さや木々の緑があまりにも派手になってしまい、不自然な写真になりがちです。また一般に原色系CCDフィルターのデジカメは解像度に難があるとされています。
今日では補色系でも十分な発色が得られるようになり、逆に原色系でも解像度がよくなりました。今後は原色系とか補色系といったことでデジカメを語ることもなくなるでしょう。
その発色において、実際の色よりも強い彩度やコントラストの写真を指して「記憶色」と呼ばれます。実際の色が「記録色」ならば、なぜ記憶色の方が鮮やかなのでしょう。記憶を思い出してみた時、その記憶には「色」の情報はそれほど強く影響しているでしょうか。懐かしい田舎の風景を思い出した時、軒下の干し柿の色を思い出すでしょうか。記憶の中で色の持つウエイトはそれほど高くはないと思います。すると尚更「記憶色」の意味合いが不明確になります。
空の色に感動したからより青く描写する。紅葉の赤みに感動したからより赤く描写する。その風景を見た瞬間の感動を写し取る意味では記憶色ということもできるでしょう。本来の意味の「記憶」ではなく「印象」と言うべきものだと思います。
2002年2月