| 019 浄土宗 定照山 慈光院(じょうしょうざん じこういん)
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沼津市本市道808−3 TEL.(055)963−3047
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| 開山の由来 慈光院は寛文13年(1673)に教誉臨相上人によって開設されます。境内にある延享3年(1747)に建てられた石塔の記録によれば当初は浄土宗捨世派の一心院の末寺であったようです。 小さなお寺の大きなお釈迦さま 沼津の市街地をはずれて西の方、昔は東海道に面して小さなお寺がありました。 これが慈光院なのですが、本堂の中に大きなお釈迦さまが安置されていたため、近所のみなさんは釈迦堂(しゃかどう)と呼んでいたようです。 この釈迦堂は廬舎那仏(るしゃなぶつ)なのですが、高さが約2メートルもあるため、本堂中央の本尊さまの位置に安置されていました。 この廬舎那仏は木造を彫って組み合わせた寄木造りで造られいて、内部に書かれいる胎内書(たいないしょ)によりますと、 「作者は京都の仏師、天野朝重」 「寛文12年の冬から制作をはじめ、13年の3月に完成」 などのことがわかります。このように製作年代・製作場所・作者等が墨書銘で伝えられていることが貴重であるということから、昭和47年に沼津指定の文化財となりました。 廬舎那仏開眼の謎 この仏さまは4代将軍家綱公の時代に製作されたのですが、多くの江戸の方々の寄付によってできています。 本堂内に残る記録によりますと「釈迦如来造立の施主 武州江戸州」とあり、「本湊町1丁目 沼津屋孫兵衛」にはじまり、浅草・日本橋・本八丁堀などの町名、175名の方々の名前が残されています。 どうして、沼津の地に江戸の人々が多額の財浄を寄進し、このような仏像を祀ったのかはわかりません。しかし、そんな謎もなかったごとく、お釈迦さまは今もおだやかなお顔をして静かに坐っていらっしゃいます。 住職 千本 祐元
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