| 039 日蓮宗 長峰山 住本寺(ちょうほうざん じゅうほんじ) |
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沼津市内浦長浜96 TEL.(055)943−2003
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寺の歴史について 当山は昔、真言宗でした。ところが、別当(べつとう)となった長律師(ちょうりつし)が鎌倉に行った時のことです。浜戸の法華寺で日昭(につしょう)聖人が、「法華経」の教えを説いているのを聞き法輪をいどみました。 しかし、たちどころに破れてしまいました。律師はすぐさま袈裟を脱ぎ捨て、日昭聖人のお弟子となり、名を昭住院日喜とあらため、長浜に戻ると寺を日蓮宗に改宗しました。そして、寺号を「長峰山住本寺」とし、当山の開祖となったのです。 それが元亨元年(1321)のことです。 文禄4年(1595)には、玉沢妙法華寺の第14世聖芸院日苞(しょうげいいんにっぽう)上人がこの地に来られ、本山末寺関係を結びました。 慶長8年(1603)土地の豪族大川氏一族の外護をうけ、立派な客殿が建立されました。以後、津元(つもと)を檀家に持つこの寺は、マグロ漁の豊漁と共に大変な繁栄をきたしました。 ところが、宝暦元年(1751)6月26日、伊豆を襲った集中豪雨のため寺の裏山が崩れ、寺もろとも第16世雄牙院日等(ゆうげいんにっとう)上人と村民31人がその犠牲になりました。その復興のため、玉沢より善隆院日應(ぜんりゅういんにちおう)上人が遣わされました。上人はこの荒廃した土地を、くる日もくる日もツルハシ一つで整地にあたりました。そんなある日、土砂の中から瓶がでてきました。中には小判が入っていました。上人はそれを元手に現在の本堂を再建しました。本堂の一隅には、ツルハシを力強く振るって整地している日應上人のご尊像が安置されています。 明治の世にはいると、津元制度の改革や廃仏毀釈によって寺は荒れ果てましたが、玉沢妙法華寺より大黒阿闍梨日朗(だいこくあじゃりにちろう)聖人ご自作の宗祖尊像を拝領し、それを寺宝として寺の復興に当りました。 住職 奥村 顕祥(けんしょう)
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