| 004 曹洞宗 亀獄山 興福寺 (きがくざん こうふくじ) |
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沼津市志下60 TEL.(055)931−0276
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| 当寺の興りは、今よりさかのぼること400有余年前、天正2年(1574年)に寥外尊廊(りょうがいそんろう)大和尚が今の地を開拓し庵に住したのが、始まりであると伝えられます。 その後、現在の興福寺として開山されたのは永平寺16世の法孫智外ァ察大和尚の時であり、地元の侍大将原川伝右衛門の寄進により建立されたものであると伝えられています。 開基である原川氏は現在の袋井市にあった原川城の城主で、その武勇は遠州に原川兄弟 有りとまで言われました。 徳川家康の遠州攻略の際、多くの武将たちが主君今川氏真(いまがわうじざね)に見切りをつけ徳川に寝返るのをよそに掛川城に籠城、奮戦も虚しく落城、その後海路を辿り静浦の地に落ち延びて来たと伝えられます。 現在、静浦、島郷に多くみられる原川姓のルーツが、この原川氏と関連しているのか否かは、現在でも明確ではありません。 その後、幾度かの火災により諸堂、寶物、古文書等の多くを消失したため、当時の状況等には不明な点も多くありますが、原田家に代々伝承された原川氏の遺品である、鎧兜は、現在でも当本堂に保存されています。 また、当本堂に残る、源氏物語を描いた大屏風は、500年以上前に住吉派の画家によって描かれた物であると伝えられています 。 昭和5年に改築された木造の本堂には彫刻や丸柱が残り、当時の建築様式が偲ばれます。 また、古くからの漁村である土地柄もあり、漁祈祷や金物除けの御礼を求めに訪れる船主の人々も、後を絶ちません。 尚、8月23日の地蔵盆には、地蔵尊の大祭が行われ、門前は人々で賑わいます。 住職 山本 哲也
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