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愛のかけら総集編

カタチのないモノを手にすることはできない、ただ想うのみ。
Love is real♪Real is love♪

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「愛のかけら(その12)クレイジー・バレンタイン」
(前編)
 今回は、バレンタインの思い出でも書いてみようかナ。
 私は大学生になるまで、男の子にチョコを贈ったことがなかった。菓子会社の企みにのせられるのもシャクにさわるし、まわりにステキな異性がいなかったのもある。初めて贈った相手はもちろんJIMMYくん。世の中のお祭騒ぎにたまには参加してみようと思ったのである。
 一年目、お互い簡単に会える状況ではなかったので郵パックのバレインタインギフト。しかし、こいつがクセモノであった。「配達確認ハガキ」はいりません、と通信欄に書いておいたにもかかわらずハガキが来やがったのだ!品目と送り先がバレバレだったから、交際を反対していたウチの親に見つかってこっぴどく叱られてしまった。その上、JIMMYんちには2月10日頃届いて、早すぎてバレンタインの風情もヘッタクレも無かったという。まったく踏んだり蹴ったりであった。(つづく)
(中編)
 バレンタイン2回目は、たしか「ブランド物なら文句あるめえ」と思い、モロゾフを贈った。しかし、「チョコの箱が立派すぎると捨てるのにもったいない気持ちだ」と不評。
 3回目、エイヤッとGODIVAを詰め合わせで贈る。チョコ一粒300円近くする、高価なブランドチョコレートである。よそのチョコなら、500円程度の量でもボックスで2,3千円してしまうという、本命クン用で有名なチョコである。しかし、JIMMYクンは「ふーん」とヒョイパクッ、ヒョイパクッ。どういうわけか、あんまり感慨無かったもよう。
 4回目、「手作りチョコとやらを食べてみたいのう」というJIMMYのリクエストにより、無謀にも手作りチョコに挑戦!(つづく)
(後編)
 さて、手作りチョコである。初めてとはいえ、カカオ豆から作るわけではなく、既成のチョコを溶かして固めなおすだけである、という情報を予め入手していたので、そんなもんを食いたがるJIMMYをいぶかしく思いながら作業に着手。
 私はホワイトチョコが好きなのだが、JIMMYはビターチョコ好きなのでホワイト&ビターでマーブル模様にしよう、と立案。鍋に入れてビターを溶かし、前もって溶かしておいたホワイトを流しいれた。ところが!ヤツらマーブル模様にならずに、ジワジワ溶けて一色になっていくではないか!誤算である。結局、カップいっぱいに何の変哲も無いミルクチョコが出来上がり。仕方ないので失敗作を自分でグイ飲み。チョコレート大量摂取のせいか、その夜不眠になる。
 マーブルは無理とわかったので、くっつけてチョコをたらし、頭が白で体が黒の雪だるま型チョコにしよう、と思い立つ。まな板にポタポタ時間差でたらすと、うーんいい感じ。かなりイメージどおりに出来上がる。固まってから、はがそうとしたら…はがれなかったんですね。これが。もう、原料用のチョコも切らしてしまったので、これでやるしかねえ。チョコをはがしましたとも、まな板を包丁の柄でガンガン殴りながら…。
 翌日、デートでJIMMYにこいつをプレゼント。ラッピングアイテムを買うのを忘れたため、ハーブティーの空き箱に、ラップで包んだブツを入れた。しかし、コレを見たJIMMYが一言
「ストーカーからのチョコみたいで、こわいよ…」
ラップの中には、粉々になった白や焦げ茶のチョコ塊が入っていたのである。苦労と成果の見合わない体験であった。以来、手作りチョコなるものに手を出したことは無い。
(完結編)
 手作りチョコ大失敗の翌年、バレンタインは市販の板チョコを6,7枚詰めて贈った。リンツのチョコ、森永ダースなんかである。今は終売になった頭脳チョコ、カルシウム入り骨元気チョコなども贈ったなあー。JIMMYからは
「こんなに食べきれねえよ!」
との悲鳴をいただく。
 その次は、また「量より質」の初心にかえってアシュモアーズのフルーツチョコを贈る。だってさー、JIMMYがドライフルーツ好きだって言ったんだもん。フルーツをまるごとホワイトチョココーチングしてあるのだが、「甘ェーよ!」
と不評であった。 
 このような歴史を繰り返したのち、ウチではバレンタインには「ホラよ!」とチョコエッグの割ったやつ(中身の動物フィギュアは私のものじゃ)をあげるのみとなった。しかし、今年は初心にもう一度立ち返り、某デパートのブランド物ブタ型チョコをあげるつもりである。ブタ型だと「私を食べて〜ブヒブヒ」って感じでエロティックかもしれないから、カエルかコアラ型にするかも?
(そして2002年…)
 今年のバレンタインはZOOLOGYのチョコ『ブタセット』に決定。リアルなブタ型チョコレートが4匹寝そべっているというもの。JIMMYってば
「『ブタセット』!?ぷぷ」
なんて笑うのよー!いいじゃんね、ブタセット!その後、
「せっかくチョコあげたのにお礼の言葉が無い!!」
とキレて暴れちゃったよ。Wデイには、マシマロ・ビスケット・キャンディ以外のお返し希望中。
(02/02/11〜15)

「愛のかけら(その11)価値観について」


 つきあい始めた頃は、私ときたらなんにも物を知らない小娘で、JIMMY君は社会常識を積んだ大人に見えた(同い年なんですが、精神的に大人ってこと)だから、彼の言葉を金科玉条とし、まるごと価値判断の尺度にしたのであった。私がちょっと気になる漫画や音楽も、彼が「下らない」と言えば無価値なもの。したがって彼が「面白い」と言うモノは「至高のもの」であるべきだった。彼が、私には理解できぬ、むしろ嫌いなメディアやモノを好むとき、私は対象物を、そしてそんなものを好む彼を憎んだ。
 長く(11年だもんね)一緒にいるにつれ、大差ないように聞こえる複数のバンドの「あるものはスキ・あるものはダメ」という彼の判断を多く見るにつれ、彼の見るもの全てが優れているわけではないことがわかってきた。あれは価値の絶対判断ではなく、彼自身の好みの度を測っていたのだね。まあ、明らかに優劣があるものもあるけど。
 そこで、私はようやく「彼が嫌いでも、私が好きなものは好き、いいと思ったものはいい」、また無条件に受け入れようとして果たせなかったものたちを、「私にはわからない、これはキライ」と言えるようになったのである。普通の人がふつうにわかることを、10年かけて会得したのである。かつての、他人の考え方をまるごと鵜呑みにする傾向は、思えばそれは親が私に押し付けてきたやり方であった。他人の言うことを鵜呑みするのは思考の怠慢だ。マニュアルどおりにしていれば責任を他者にかぶせることができるからだ。これからは自分で考えて生きるようにしたく思う。もちろん、迷ったときは相談するからJIMMY君よろしくね!!(01/11/02)

「愛のかけら(その10)メソメソしすぎて価値下落」


 遠距離恋愛とやらをしていた私とJIMMYは、日曜の夜はお別れの時であった。JIMMYは私の親が来ない土曜か日曜の朝に東京に来て、ダウンタウンの番組を見てから家路につくのであった。番組は面白かったが、エンディングテーマとともに「それじゃ」とJIMMYが帰ってしまう。或る日、番組が終わりにさしかかったとき、寂しさのあまり、私の目からミズが流れてきたのであった。「帰って、ヒックヒック、いいのよ、エグエグ、私のことは気にしないでっ、ウッウッウッ」そこはお人よしのJIMMY君のこと、泣いてる女をおいて帰るわけにもいかず、わざとではないのにJIMMY君をひきとめる結果になってしまった。月曜の早朝、高速をとばして仕事に直行したJIMMY君はどんなにたいへんだったことか。
 俗に女の武器といわれる「涙」、最近は使用しすぎたのか全然効果が無い。私が「JIMMY君ひどいっ!!」と泣いてても、「モオー、メソメソしない!」って怒られて終わりである。当時の二人の純情は、ナニがどうなってこうなってしまったのか、熟考の余地がありそうだ。
(01/10/13)

「愛のかけら(その…いくつだっけ、9?)」

 10年前、JIMMY君と付き合うことになったとき、私には一つ不安があった。人ってミテクレだけじゃわかんないじゃん?それは、彼が好きなのは彼の目に映る私の虚像であって、実際付き合い出したら「こんなヤツだとは思わなかった、サヨナラ」になってしまうんじゃないかってことだ。
 だから、私は少しでも虚像と実像の差を縮めようと努力し、自分のことを彼に話しまくったのであった。幼稚園の頃は忍者かスパイ(ジェームス・ボンドのようなMI6)になりたかったことだとか、できれば死解仙(人が死んで仙人に羽化するやつ)したいとか竜になって地底湖に沈みたいなんてことまで19になっても真剣に思っているとか、アザラシなどのかわゆいドーブツに目がないとか、それこそもう、脅迫的にJIMMY君が私について知らないことが無いように、思いつく限り一方的にしゃべりまくった。
 そのおかげで、彼は私の思考や行動の先を読むことができるが、私はJIMMY君のコトがさっぱりわからない。自分のことバラしすぎたかなあ…と今になってちょっぴり悔しく思っている。
(01/10/05)

「愛のかけら(その8)私たちのとりあえずのアウトライン」

 どうも私は育ちが良くないので(JIMMYに常世の鬼の子とよく言われる)幸せレベルが低いようである。JIMMY君はシチューのCMに出てくるような家庭で育ったので、何が大事で何が幸せなのかよく知っている人なのだ。
 JIMMY君とつきあう前は、マジで「私の人生は親のものだから、親の言うとおりにしないといけないの」なんて思っていたもんね、怖!!「人は自分の自由に生きてもよいのだ」という、あまりにも当たり前なことを教えてくれて、ありがとうJIMMY君。このように特殊な育ち方をしてしまったので、JIMMY君は私の親であり、友達でもあり、恋人でもあるという役割をこなさねばならずなかなかたいへんなようである。
 親に威圧されてきたために、スグ「私みたいなもんが幸せになれるはずがない」と思ってしまうのね。心に描く「幸せレベル」が低いとそのままで止まってしまい、それ以上の幸せを求めることが出来なくなってしまう。「どうせ私なんて…」というコンプレックスが当面の敵である。
(01/07/11)

「愛のかけら(その7)愛を試しすぎると全てを失うであろう」

理想の愛とはなんだろうか。小学2年の頃「デビルマン」を読んで、シレーヌとカイムの最後の会話に心打たれ、愛=イノチガケ、と思ってしまったのであった。今は、もう少しおだやかなものかな、と思ってるけど。そんなに始終命を燃やしてたら灰になっちゃうよ。
 高校生の時は「リルケ詩集」を読んで、これだ!!と思ったのでした。細かな言い回しは違うんですが、女が男の愛を試したいと思うわけです。これは真実の愛なのか、否か。知りたいなら、船に乗ると良い。船が沈む。救命ボートは定員一名。彼は貴女を乗せてくれるだろうか?貴女は真実の愛を得ると同時に、愛する相手を永遠に失うのである。…のような内容だった気がする。
 実戦を知らないので、文献をひもといてはロマンだなあーと浸っていた自分がちょっと恥ずかしいな。でも、近頃このテの話が出ると、もう一人位、救命ボートのフチにでもつかまって、なんとかならんだろうか?力尽きるといけないから、交代で海に入るようにして。でも、サメが出るとピンチだな。イルカが助けてくれないかな…などと、あれこれ考えてしまい、ロマンとは程遠くなってしまったのであった。試して失ったら元も子もないもんね。
(01/07/10)

「愛のかけら(その6)まだ見ぬ別れのカタチとは?」
 
 JIMMY君と「のろけてたのに離婚しちゃった人のエッセイ」の話をしていた。
「どうして、結婚した時は微に入り細をうがってのろけるのに、別れる時は何も言わないんだろうか?」
といったらJIMMY君が、
「そんなら結婚式だけじゃなくて、『離婚式』をやればいいんだよ」
と言うので、
「そうねえ、仲人に縁切りの儀式してもらって(指輪返却とか?)元カップル同士演説してもらったあと、お互いの友人たちに弁護のお話をしてもらい、その発言には必ず『切れる』、『割れる』とか『別れる』って言葉を入れるのがルールなの」
などワルノリしてしまった。案外、新たなビジネスになったりして。ケーキ入刀のかわりに、顔面パイ投げっつーのもよさそうだ。
 冗談はさておき、一緒になる時は「好きだから!」で済むけれど、別れる時の方が理由はずっと複雑なはず。心の傷に触れるのは誰だってイヤだけど、どうしてこの人とうまくいかなかったんだろう?って考えてはっきりさせておくことは、まだまだ続く人生でプラスになると思うのだが。まあ、これも失恋を知らぬ者のたわごとですが…。知らないままにさせて欲しいのう!!
(01/07/09)

「愛のかけら(その5)ハムより薄いもの」

 JIMMY君と私と、私の大学のクラスメート(女性)とJIMMY君の友人1名/M君と一緒にカラオケしに行ったことがあった。その時のこと。クラスメートの仮名をタヒチとしておく。タヒチは出会い頭に、M君に向かって「剣道部のセンパイに似てるー」など同じ大学の私にもわからぬことを言うのでヤバいなとは思っておった。無事?にカラオケ終了後、M君は帰り、同じ方向の電車に3人で乗っていた。そうしたら、タヒチちゃんはいきなり
「二人はお似合いですね」と言ったのであった。
「誰それに似てる」と「お似合い」って言葉、どうよ?
 たとえ芸能人であっても、実在の人間に似てると言われていい気分がしたためしがない。(諸星大二郎マンガのキャラに似てるってのは別格だからうれしいけど)自分でその芸能人が好きで似せようと努力してる人だったら
(例)「あゆみたーい」「キムタクみたーい」
とか言われたらうれしいのだろうが、「似てる」と言われると、自分の価値が薄まるというか、損なわれるようなココロモチがするのだった。被害妄想かも? あと、「お似合い」というのは慣用句なのだろうが、お似合いだろうとそうじゃなかろうと、関係ないべという気持ちがあって、言葉はキツイが「どうしてそんなこと会ったばかりのキミに判断されにゃいかんの」と思ってしまったのであった。我々が困り顔なのを察してかどうなのか、タヒチちゃんも
「疎外感を感じるから、(私と彼のつないでる手を)手を離して下さい」
とお怒りになってしまった。
 お互いにいろいろうまくいかなかった会合だったが、翌朝になってタヒチちゃんからFAXが来たのにはビビッたよ。
「昨日、別れ際に彼氏に頭をなでられてたのが気に食わない。」
エッ、見てたの…?ホームに降りてからだったから油断したよ。
「大学の構内ではいちゃつかない方がいいかもね!」
いや、そんなつもりはないんだけど。昨晩は渋谷だったしさ、大目に見てよ。
「あなたはいつも悲劇のヒロインぶっているのよ!」
そう見えたのか、ごめんね。自分としてはいろいろシャレにならないことがあるんだけどね。(過去の「PNU日記」参照)
 女の友情はハムより薄いのか、それきりタヒチちゃんとの交友は途絶えてしまったのであった。ガクッ。 
(01/07/08)

「愛のかけら(その4)かけらも何もない世界」

 クルマ屋さんなんかに行くと、空き時間ができるので婦人雑誌などを読む。雑誌名は忘れたが、英語だかなんだかの誌名の平綴じの雑誌である。立ち読み防止のためか、こういう雑誌って殺人的に重いので書店で見る根性はないし、買うほど見たいわけでもない。したがって、クルマ屋さんか銀行の待ち時間に読むことになる。すると、必ず「特集!!ボクたちはこんな女の子が好きッorこういうのはNG」というのをやっているのですネ。慶應とか早稲田とかの男子大学生がインタビュウされてて、「グループデートでいつもシックなロングスカートがステキだった意中のコとプールに行ったら、水着姿は足が太くてガッカリ」とか「巨乳のコと付き合ってラッキーと思ったら、ムネの下にあせもがあって汚くてさめちゃった」とか。おいおい、キミ達はそんなこと述べるほどパーフェクトな人間なのかい?といつも思うのであった。「気に入らないところがあったらポイ」じゃ、いつまでたっても幸せはつかめんのと違うか?自分で妄想して、自分独りで結論つけて、自分勝手にサヨナラする。意思疎通はどこにいったんだい?もっと話し合わないのかなあ。それとも、話も気軽にできない間柄だからポイ捨てしてしまうのか。
 「彼女とハワイに3日間旅行したら、3日目に彼女のペディキュアがはげていてイヤになった」とか。そん位見逃してやれよ!それとも、ペディキュアはきっかけにすぎず、徐々にイヤになってたのか。「独りで納得&言わずにガマン」と「下らんプライド」はラブラブ生活の大敵であるよ。
(01/07/07)

「愛のかけら(その3)うわべだけの無責任なタワゴト」

 早いもので、JIMMY君と知り合って15年、付き合って10年になろうとしておる。毎日、「JIMMY君といっしょにいる最長記録」更新中!!大学生の頃は、「彼と付き合って7年になる」などいおうものなら、「へえー、よく飽きないねー」といわれたものだ。オマエは飽きるのか!?飽きるから別れてしまうのか!?だから、本命クンのほかにキープくんを捕まえてるのか?パートナーに「飽きる」という気持ちがどうもわからん。
 次によく言われたのが「運命感じちゃった?」というもの。運命?運命って…なに?オイシイモノ?もしかして、「会ったとたんビビッときました」とかゆうやつ!?そう言ったタレントは、電撃結婚の後さっさと離婚しちゃったけど。
(01/07/06)

「愛のかけら(その2)いらぬ妄想で暴走」

 カップルというものは緊張する。なんせ赤の他人どうし、いつ関係が終わっても不思議はないからである。だから、付き合い始めは「いつかJIMMY君と別れちゃうかもなんて耐えられない!一生ご縁があるように、JIMMY君と親戚だったらよかったのに!」なんてタワケたことを思ったなあ。もちろん、今は親戚でなくて良かった、と思ってるけど。いまが楽しいなら楽しいだけ、別れちゃったらこの思い出が一生痛む傷に変わる。もらってうれしい彼からのプレゼントが、針になって私を苦しめる。そんな不安におびえていたものです。私は自分のショックを弱めるために「最悪の事態」を想像してシミュレーションする悪いクセがあるので、「JIMMY君との別れ」もよく妄想したものです。
 理想は「楽しかったわ、ありがとう、次の女の子には優しくしてあげてネ」というけなげにクールな別れなのですが、いくらシミュレートしても、見苦しく彼の足にまとわりついて、「イヤぁー、すてないでェー」と、おんおん泣いてる自分しかイメージできんのはどういうことか。惚れた女の負けなのか。
 近頃はすっかりシミュレートしてない。だからJIMMY君、シミュレーションが必要ないようにしておくれよな。
(01/07/05)

「愛のかけら(その1)残骸で印税生活」

 某女性作家のラブラブエッセイ(文庫)を読んでたら、文庫版のあとがきに「このエッセイは2年前のもので、もう彼とは離婚した」の文字が。ギャーン。300kmで走るオープンカーの助手席から、急ブレーキで車外に放り出された気分。どういうわけか、離婚の理由・説明はなし。あんなにのろけてたってのに、一体どうして!?まあ、夫婦(もしくは恋人同士)が別れるときには、当事者の二人にしかわからない事情があるのだろうから、他人に別れる理由を説明しても仕方ないか。
 しかし、一般人ならまだしも作家さんだと、二人のおのろけ作品が別れた後も書店で売りつづけられるではないか。二人の愛の残骸をえんえんと目にせねばならないなんて心が痛むであろうなあ。
(01/07/04)
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