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一応知識はありますが、段々抜け落ちてきています。

「見世物としてのコルプス」
 今回の文章には、グロテスクおよび不快になる表現が含まれています。ご注意を。
 …
 ’03年12月29日、コミケ二日目を終えた我々は、都内某所で開催中の『人体の不思議展』を見に行った。通常は医学者しか見ることが出来ぬ標本・しかも本物の死体をプラスティネーション加工(そこではプラストミックという呼称を使っている)した標本を間近に見ることが出来るというのだ。
 かつて私は医学生でありホルマリンに浸した遺体を解剖したことがある。一般の人よりも死体や体の仕組みというものには濃厚に親しんでいると言える。それでも養老氏や布施氏の著書でプラスティネーションというものに興味を抱いていたので、見るならこの機会を逃して先は無いと思ったのである。
 私がこの展示を知ったのはテレビ誌の広告であった。
『えっ、まだ見てないの!衝撃度200%なんだって!
 何気におもしろいらしいよ!しかも脳ミソ持てるとか言って、ありえなくない!?』
 (原文ママ)という壊れた日本語の扇情的広告に厭な予感がしないではなかったのだが、いやまさかまさか、これは中高生等の若い人に興味を持ってもらうために、心ならずもくだけた表現を心がけたのであろう…。と、私は死体を展示するからには勉強以外の理由は有り得ぬという思いこみから不安を払拭し、その不愉快な言葉遣いの広告さえも好意的に解釈したのだった。
 そして、展示へ行くことを決意させたのは公式サイトであった。ここを流し読みせずもう少し真面目に読んでいれば。後になってはそう思うのだが、その時の私はウェブサイトの画像を一通り見た後に見学者の感想を抜粋したコーナーを読み、これは勉強になりそうであると素直に信じてしまったのである。
 この種の展示がかつて行われたのは8年前で、そのときはドイツ人の献体者標本が展示されていたという。しかし今回の広告に使われている標本の遺体の顔は、どう見ても東洋人だ。広告の『すべて生前の意志に基づく献体によって提供されたものです』の文字を信じ、「まあ、日本も献体意識が進んだものね」などとのんきなことを私は思っていたのだ。
 実際に展示場へ入ってしまってから、私は自分の認識の甘さを知ることになる。
 確かに、この展示によって一般の人はからだの仕組みについて新鮮に勉強することが出来るだろう。本物の死体であるという衝撃が、得た知識をより印象づけて記憶させるであろうし、かつて生きていた人が標本となり、自分もいつかこのように生命を失う存在であるという内省を促すことにより、敬虔な気持ちを持って学ぶ気が起こるだろう。死体を身近に展示することは、布施氏の言うところの「健康的な死体概念」(隠蔽される忌むべきものとしての屍体、と対照的な概念)を市井の人に持っていただく、というメリットをも有していることだろう。
 そうやって精一杯に弁護してみても、私はありあまる不快感を消すことが出来なかったのである。
 その理由はまずひとつに、展示の不明瞭性であろう。解説と称して某大学から解剖学の教授がやって来ることはあるらしい。だが、これを企画した団体は、名前こそ記されているが、いったいどういう組織なのだろう。企画立案者と解剖の実行者は誰なのか、その「貌(かお)」というものが見えて来ない展示なのである。
 また、標本展示の不可解さ。
 医学者であっても、MRIやCTでしか普段見ることの出来ぬ部分の標本には非常に興味がある。正中断や矢状断、関節包内部等の死体標本を見ることは、画像診断時のイメージングにさぞかし役立つことと推察する。なのに、第何脊柱レベルでの横断・縦断標本はびっしり人型のまま並べられているだけ。人間一体を様々な方向からキャベツの千切りのごとく刻んだ標本は確かにインパクトがあろう。だが、X線図と呼応させることもなくびっしり、しかも断面図もロクに見せぬよう並べていては、勉強にならない。驚きはするが展示の意義がよくわからない。「ほらほらすごいでしょ、人間千切りですよ」と言うつもりでもあるまいに。
 筋肉の仕組みという題だったか、標本が弓を引くポーズなのも何故か。屈筋、伸筋のはたらきを効果的に見せるなら他のポーズがありそうなものだが。ふだん弓を引くなんて動作をどれだけの人がするというのか。特殊武道ではなく、リアルにイメージ出来る動作をさせるべきではなかったか。
 血管標本の多くが崩れて落下し、各部がただの粉になりはてており、どういう管理をしているのだか疑問に思う。血管は極細・繊細だから標本が壊れやすいとは思う。だが、まるで終わりがけの朝食シリアルのように、触られもせず置いてあるだけであれほどボロボロになるとは驚きであった。
 内臓や血管の標本では、見せたい部分以外の身体各部(首、四肢など)を大胆に切り離してあり、切断面を黒い布で覆っていた。神経質な私は、その黒い布で包まれた、不可視の領域がどのような処置をされているのか想像すると無闇に恐ろしかった。
 気になったのが、意味不明なポーズを取らされている標本。確かに、展示場の壁にもプリントされていた中世の解剖画は、芸術的なポーズを取っていた。だがそれは、絵画表現上の問題でそのような古典的彫刻のごときポーズをしていたのであって、この現代にそのようなポーズを遺体標本に導入する理由がまるで見いだせない。復古主義のつもりか、制作者…ではなく剖出者の趣味なのだろうか。シマウマのごとく皮と皮下組織をボーダー状に遺されたりえぐられたりした死体。内臓を中空にとどめて、真っ二つに割られた死体。これらのポーズの意図はどこにあるのか考えるとき、かつて水銀静注した死体を絵の具で塗りたくり、同じように処置した馬に乗せて芸術であるとうそぶいたフラゴナールの従兄弟のごとき傲慢さを嗅ぎ取ってしまうのは私の妄想か。
 そして、本日最大の衝撃に私は襲われた。標本は日本人ではなく、全て中国から輸入されたものだったのだ。本当に遺志は確認されたのか。大熊猫を殺すと人間が死刑になるという国で。月例別胎児をまるごと標本にして、複数展示することに何の意味があるのか。生命の尊さ?一見異常無き胎児遺体を、成長時期ごとに合意を得つつ標本にするのは気の遠くなるほどの年月と熱意が必要だっただろう。もし本当に合意を得て行ったのであれば誠に偉業かもしれぬ。しかし、胎児の成長過程写真は現在のマイクロスコープ技術で生きたものを順を追って撮ることが出来るのであり、今回のように小さな遺体を累々と並べることには感情的に反感を持たざるを得なかった。
 ラストの衝撃は、足早に会場を去る私の目に映ってしまった「グッズ売り場」だ。ウェブサイトにはCDロムと図録しか無いような印象を持たせるのにもかかわらず、死体絵葉書、死体Quoカード、内臓ボールペン…と眉をしかめる商魂たくましき悪趣味グッズが売られているのだ。これは、勉強の名を借りた現代の見世物小屋なのか?かつての衛生博覧会の方が、蝋細工の分無邪気だったのではないか。
 そしてまたまた私をゲンナリさせたのが、宙づりにされて様々なポーズで踊る、骨格標本と呼ぶのもはばかられる白骨たち。
 「触れる」脳と死体標本のコーナーには長蛇の列が出来ていた。私はハナから並ばなかった。見学者が多すぎるのか警備員が足りないのか、触れる標本ではない「触らないでください」標本にも触りまくる見学者たちを見て辟易していたし、「触れる」標本の小腸部分は遠目にも触られすぎて破れているのが見てとれたからだ。興味よりもそれらは、私にただ悲しみしか引き起こさなかった。
 確かに勉強にはなるだろう。ふつうの人の勉強には。しかし、あの巫山戯たかのような剖出はいったい誰が、なぜかくのごとく行ったのか。見に来ていた(おそらく)一般の若き女性の一言が、この展示の本質を奇しくも言い表していた。
「どうしてみんな、顔こんなにしちゃうんだろうね。ふつうでもいいのに。」
 気まぐれのように歯肉を一部だけ切除してみたり、乳房を剃り落としてみたり、悪夢の前衛芸術のようにアシンメトリーな切断をそこここに加えてみたり…。
 50体もの遺体をもって、意図不明な剖出デザインを行った本展示は、私の心に苦い記憶となって焼き付いたのであった。
(03/12/30)

「解剖秘話・首どろぼう」
 某私大医学部の先輩から聞いたお話。彼が医学生だったころ、どうしてもおうちでじっくり勉強したくて、骨学実習に使う人骨の一部を持ち帰ったそうだ。
 解剖学の一分野・骨学ではバラバラにされた人骨を手にとって観察し、スケッチして提出するのである。勿論、実習に使う骨は本物の人骨であり(ラッカーかなんかでペカペカに塗装され、防腐処置されているけど)、実習室からの持ち出しは厳禁なのである。骨の数は限られているので、頭蓋骨などは早いもの勝ち。外頭蓋底や内頭蓋底に神経孔やら血管孔やらがゴチャゴチャとやたら開いているうえ、顎関節だの眼窩だの耳孔だのと形も骨の中で最も複雑な形状をしているのが、この頭蓋骨。やはり彼も頭蓋骨をひとりじめしておうちで勉強するつもりであった。新聞紙で包んだのち、さらにフロシキで包み、電車に乗って帰宅した彼。気付くと…頭蓋骨が、無い!無い!どこにも無い!!なんたることか、彼は頭蓋骨の包みを電車の網棚の上に忘れてきたのである!電車が混んでいたからいけないのである。混んでさえいなければ、ちゃんと抱えて持ってきたはずだったのである。覆水盆に帰らず。これで、今夜おうちで余裕を持ってスケッチして、皆が気付かぬうちにこっそり戻しておく計画がオジャンである。しかも、荷物の内容が内容であるから、うっかり駅員に問い合わせも出来ぬ。
 万策尽きた彼は、とぼとぼとうなだれて翌日登校した。おりしも、1限は解剖学の講義であった。教壇に立つ解剖学教授。すると、教卓の上に、見なれた柄のフロシキ包みがあるではないか!心臓が早鐘のように鳴り響く彼。教授は重々しい口調で語り始めた。
「これは某駅から届け出があった忘れものだ。見覚えのある者は申し出よ。尊くも医学の進歩のために献体されたご遺体を、黙って持ち出したうえ、あまつさえ網棚に置き忘れるとは、とんだ破廉恥漢である。本学にこのような学生が在籍しているかと思うと、嘆かわしいばかりである。
 これは開けた駅員が、『白骨化した首が入っている』と仰天し、すわ警察と思ったものの、頭蓋骨を包んでいた新聞紙が本学医学部の機関紙であったために『事件性は無く、K大医学生関連のブツだろう』と気をきかせて通報を見送って本学に連絡が来たものである。よって、正直に名乗り出よ。各方面に多大な迷惑を懸けておきながら、このままで済むと思うな。」
 彼は脂汗をかきつつも、「黙っていればわかるまい」とシラを切りとおしたそうだ。
「でも、バレていたら退学ものだったよね」
と笑って語る彼は、今をときめくK大学医学部内科教授だ。「たぶんもう時効だから」とこの話を聞いたが、万一のことがあるといけないので、彼の専門はここでは明かさない。しかし、こんな大胆な不祥事を起こした人でも教授になれるK大って、いったい…。いや、こんな行動力あればこそ教授の椅子を射止めることができたのであろうか?
p.s.K大は法医学の実習で、医学部5年生全員、十指全ての指紋を採るので犯人は容易にわかりそうなものである。解剖は3年生がやるので指紋の照合が出来なかったのか?いや、ここはやはり怒りつつも、前途ある医学生のため、解剖学教授の温情で罪を見逃してあげたのだと、思いたいな…。
(03/03/24)

「有名人列伝4・彼氏はモデル♪」

 産婦人科のU医師(フルネームは失念してしまったので、苗字でカンベン)。彼自身は、それほどメジャーなひとではない。医学界では名が知れているかもしれないが、一般人への知名度はほとんどゼロに近いであろう。なのに、なぜU医師について言及するのか?それは、彼が日本人なら誰もが知っている、「あの」キャラクターのモデルだからである。
 U先生が「あれ」のモデルなのではないか?という噂は、学生の間で以前からまことしやかに囁かれていた。それを確かめたのは、同学年の女性S.T.ちゃんである。彼女はそのエゴイスティックかつ近視眼的な行動で「あいつ女でなかったら、とっくにブン殴られてるよ」とクラスメートに言わしめた勇者であった。
 Xデイ、彼女は婦人科の実習でオペ室にいた。子宮全摘手術を受け、横たわる女性。執刀するU医師と、麻酔医、補助するオペ室ナース、そしてSちゃん。手術が峠を越し、U医師は見学している学究の徒に言った。
「何か質問はあるかね?」Sちゃん、ここぞと尋ねる!!
「U先生って、タラちゃんのモデルって本当ですか?」
うわー、やりやがった。このタイミングでこうくるか。麻酔かかってる患者さんの立場は!?すげえぜ、Sちゃん。私には出来ねぇ。
結果、U先生はあっさり肯定し、それを何処から聞いたのか不思議がっておられたそうである。小さい頃、家が長谷川町子のご近所で、交流がありモデルさんになったのだという。
 みなさん、タラちゃんは「大きくなったら産婦人科のお医者さんになるんデス!!」事実は漫画よりも奇なり。ちなみに、タラちゃんの面影は全くありませんでしたとさ。
(02/02/24)

「有名人列伝3・ネームバリューの是非」
 がん治療について批判的な本を出している放射線科医師M.K.氏のこと。彼は私の学年から、放射線科の学生講義の担当から名前が消えていたのであった。一年上の学年では、ふつうに講義していたのに、である。がんの本がブレイクした頃のことなので、意図的に学生の担当をはずされたのか、自ら辞退したのかはわからぬ。
 件の本については、私も1冊のみ読んだことがあるが、フムフムと納得しうる内容ではあるものの、治療しないと治らぬがんまで切らなくていいと素人さんを錯覚させる危険もあると思った。従来の医学が安易に外科治療に頼りすぎた感があるので、西洋医学至上主義傾向に警鐘を鳴らす意味はあったと思う。 その波紋は大きく病院長が回診のとき、入院患者(聴神経腫瘍acoustic tumorであったと記憶している)の寝床から「こんなもの読んでちゃ、いかん!!」とM.K.の著書を取り上げる事件もあったほどである。
 そして、ついに大学病院長はM.K.医師にこう言い渡したという。
「キミの本は、慶応大学病院・医師と肩書きがついているからこそ注目されているんだぞ!これから、メディアに一切大学の名前を出してくれるな!!」
 慶応、慶応と名前を掲げることで、「慶応が病院ぐるみでM.K.医師の極論を後押ししている」と誤解を招いたらしいよ。組織の一員として持論を主張すれば角が立ち、個人で意見しても箔がなければ無視される。折り合いの難しさを感じさせられた一件であった。
(02/02/24)

「有名人列伝2・ロマンな科学」
 妻がとかく有名なお方、M.M.医師。愛称は「ムカマキ」。病理学の講義を受けたことがある。あの時、最前列で居眠りしてすみません。ちょうどzoster(帯状ヘルペス)に罹ってつらかったので、許してください。講義は
表層の丸暗記を戒め、本質の理解を求める素晴らしいものだった。
 妻との日々をつづった著書は面白く、学生のサインおねだりも快諾してくださる優しい方であった。講談社から出ている著書上下巻は超オススメだ。
 アメリカに単身赴任の妻に会うため、アメリカで開催されるご自分の専門外の学会に無理矢理出席なさったとの、同僚からのチクリは本当なのであろうか?本当だとしたらロマンチックな話である。愛に生きるって、ステキだ。
 講義では、当時流行した話題であった「ヘリコバクター・ピロリと胃潰瘍発生との関係」について、こう語っていらした。
「あんなものは常在菌で、どこにでもいるんだ。きっとあれは間違いであったといまに解明されるであろう」
 あれからはや数年、すっかり常識として定着してしまったピロリ菌原因説だが、私はいまだにM.M.医師の見解の方が正しいと盲信している。
 お昼休み、病院地下の購買でよくお弁当を買っていらしてるお姿を拝見したものだが、お元気なのであろうか?地下のお弁当、美味しくないのに…緑のプラスチックのギザギザと、着色料バリバリの漬物以外、およそ野菜なんてカケラも入ってない弁当なのに…。思い出すたびに、M.M.先生の健康が心配になるのであった。(02/02/24)

「有名人列伝1・伝説の女」
 世界的に名を知らしめた、T.M.氏。彼女は外科からNASAへ行ったというスーパーウーマンである。残念ながら、お会いしたことは一度も無い。ヒヨッコの私は彼女の武勇伝を人伝えに漏れ聞くのみだった。よその大学では外科に女性が入局する、と言ってもあまり奇異なことではあるまい、ところがギッチョン(古いね)、K大学では女性の入局者は零なのが普通なのであった。
 彼女の人物史と日常とは夫であるM.M.医師の著書が素晴らしいので、私ごときが書けることはない。そこで、外科の大変さについて触れ、そこで働きぬいた彼女がいかに強かったかを浮き彫りにしようと狙ってみた。
 外科。これは心臓外科、血管外科、腹部外科、脳外科等に細分される、手術を主とする科の総称である。実習でまわった時、学生どもは外科カンファレンスルームでのんびりしていたのであった。そこへ、一年上のフレッシュマン(研修医一年生)がフラフラとやって来た。見るからに蒼い顔をした彼は、息も絶え絶えこう言って仮眠室に入っていったのである。
「外科入局希望者いるの?やめといたほうがいいよ。マジ、生き地獄だよ…。
二人組みの相棒が身体壊して辞めちゃったから、俺仕事2倍なんだよ、マジ死ぬよ。国家試験落ちてりゃ良かったよ、そうしたらこんな苦しい思いしないで、どこの科に入るか考え直せるのに…。」
 私が立ち会った手術は胃全摘&リンパ節郭清であったが9時から16時まで立ちっぱなし、ご飯抜き、トイレもダメ、手術室クーラー全開で冷え冷えと見学してるだけで意識を失いそうになった。血も内臓も平気なんですがねえ、体力的にアウトだね。あれも慣れで平気になるんだろうか。
 ある胸腹部大動脈瘤の手術では、26時間もかかったそうである。患者さんは「サンマの開き」状態になると主治医が言っていた。麻酔されてるとはいえ、大変なことである。執刀医が交代するのかどうかは聞き漏らしたが、どえりゃあ手術に変わりは無いと思われる。
 脳外科の時は、3人交代で執刀していた。2番手が執刀を続けるなか、3番手は手術部位を拡大したモニターを仁王立ちで見守り、執刀引継ぎを終えた一番手の医者は…血と汚物で汚れたオペ室の床に倒れている!!いや、彼はこのリノリウムの床の上に伏して眠っているのである!血の飛び散った術衣を着たままで。ああ、おそろしや。
 すさまじきものは外科づとめ、男の世界でやりぬいた彼女の凄さに感銘を受けずにはいられない。
(02/02/24)

「研修医丁稚説」
 
私は医学部卒業後、医師免許を手にして自分の出た大学の医局に入ったのであった。第一から第三志望(小児、精神、皮膚)までことごとく両親の激しい反対を受け、妥協で思っても見ない教室に入局したのでとてもヤル気が無かった。希望にあふれた研修医は「○○先生の××を学びたいから、何処ドコへ行く」と母校を飛び出していくというのにね。
 こんなの興味ないんだい、とか本当はここに来たくなかった…という感情を隠そうとは思ったのだが、自然とにじみ出ていたらしく、入局早々上司(といっても、1年上の研修医:オーベンだが。ぺえぺえの研修医はネーベンといわれる)に呼び出され、叱られてしまった。その男の言うことをまとめると以下のようになる。
 研修医なのだから他人をだしぬいて自分を上の医者に売り込み、盗んででも技術を学ばないといかん。
 学生は授業料を払ってるお客様だからイロイロ教えてやるが、研修医は「ここにいさせてください」とたのんでおいてもらってる身分だから、特別には教えてやらん。
 上の人は「ターゲット」といういじめの対象を研修医から選ぶので、おまえのようなトロいヤツはターゲットになるであろう。
…だって!!ハアー。これが私の、憂鬱な研修医ライフの幕開けなのであった。
(01/10/20)

「祝・研修医地位向上記念雑文」
 
研修医が労働者として認められるようになったとか。よかったね。わたしゃもう関係ないが。以前はそりゃ、モーひどいものだったのよ。親に奉公に出されてさ、商家に住まわしてもらうデッチというのがあるじゃん?アレよ。ソロバンでも教えてくれんのかと思いきや、庭を掃けだの廊下を雑巾がけしろだのというドレイのような生活がまさにそっくり。
 しかーし、研修医っつーヤツは、デッチよりもひどい環境なのである。デッチなら衣食住は最低限保証されているが、研修医はそれすらも無いからだ。白衣は自前だし、食は自分で払って食うし(運がよければ上の医者におごってもらえることも)、住はもちろん東京新宿の高い家賃を払うのよ(親がだけどね)。そして、病院出入りの眼鏡屋さんに打ち明けたら「エッ!?それって日給でしょう!!」と仰天された、奨学金という名目で渡される月給2万5千円。
これも、毎月じゃなくって3ヶ月に一度7万5千円が振り込まれるのである。それが判明したとき、月給をアテにして毎月2万円でデカい買い物のローンを組んでしまっていた級友のS子は青ざめていたものよ。
(01/10/20)

「学業の後遺症」

 心はドイツ人のたにまきくんは、DMを「ドイツマルク」と読むそうですが、私はDMつうと糖尿病のことだと思ってしまう。ディアベーツ・メリトゥスだっけか?つづり忘れた。ふつうはダイレクトメールらしいと最近知った。生物はもちろん「セイブツ」ですね。正解は「ナマモノ」だったりするが。SMつったら「ストレプトマイシン」でしょー。脳がおかしな変換をして困ることがあるのは、やはり病院生活の後遺症のせいなのか。こう書くと、入院してたみたいですが。
(01/09/09)

「ハイパーセクハラ実習」

 学生の頃、組織学でスライドを顕微鏡で覗き、スケッチするという実習をした。スライドグラスの中身は、薄い切片にされた人体(ホンモノ)。脳から筋、神経、各臓器、血球などなど、人体のほとんどあらゆるところの切片なのである。医学部一学年、男子86人、女子14人。その100人にそれぞれ人体の切片標本が一そろい入った木箱が一つずつ手渡され、自分の出席番号の席でスケッチする。ところが!代々受け継がれている年季の入った標本ゆえに、欠けているモノが多々あるのである!
「ちょっと大脳皮質貸して」「いいよ、俺は口唇ないから貸して」
などと自分の箱に足りないモノを借りあうのがフツウ。そして、私の箱にはアレがなかったのだ。ヒトとブタにしかないというウワサのアレ。借りようにも、まわりは前述のとおり男子ばっかり。一応女であるから、男子に「処女膜ないから、貸して」なんて言えますかッ!!ラテン語で言っても恥ずかしいし。結局スライドを誰にも借りられなかったんで、ズルして「組織学カラーアトラス」の写真をスケッチしましたよ。しかし、あの実習にはナンの意味があったのかいまだにわからん。臓器ならともかく、そんなモノのスケッチがどうためになるのやら。
(01/08/12)

「壁に耳あり…!?」

 ある医学生が、解剖の時、切り取った耳を壁にくっつけて「壁に耳あり」とやって退学になったという。
 このうわさ、ご存知でしょうか!?かなり有名な話らしく、私がN大医学部にいた時も、K大医学部にいた時もこの話が出たのである。しかし、妙なのは東海地区のN大では「あれはF大の学生だ」とまことしやかにささやかれ、関東地区のK大では「あれはS大の学生で、解剖に看護学生が見学に来たおり、ウケを狙ってやってしまったのだ」と尾ひれまでついていたのであった。何故かどの地区でも、そこで最も偏差値の低い大学の医学部の仕業にされていたのであった。このように各地で勝手なことが言われていたので、私は
「これは数年前にはやった『ピアスの白い糸』のうわさのように、ありそうな話をデッチあげた都市伝説の一つであろう」
と思っていたのよ。ところが!!
 養老孟司の本を読んでたら、このオハナシが出てくるじゃあないですかっ。
「『壁に耳あり』とやって退学になった学生がいるんですが」
って、断言なさっちゃっておられるのである!養老孟司といえば、いわずとしれた元・東京大学解剖学教授。もしかして、東大の学生だったんですかああーーー!?しかも、K大で言われてたように、看護学生のウケ狙いでしでかしたのじゃあなく、人体解剖の緊張で壊れてやってしまったのだとか…。まあ、私の同僚で解剖中聞くに堪えないようなことを言ったり、遺体の扱いが超ゾンザイだった輩も平気で医者になっとるし、「壁に耳」事件が原因で退学になったというよりも、これが発端で、神経を病んでしまい学業をつづけるのが困難なため退学になったという方が納得はいくな。
 養老孟司の同級生で、解剖中に神経がキレてしまった男が、すごくまじめだったのに陰茎と陰嚢を切り取って、「風鈴だ」と笑いながら解剖教室を歩きまわったという。そういう不謹慎な言動で、死体という非日常的なものと直面する自分の心の、バランスを取らざるを得ないのだ…というのだが。ヤバすぎて書けんのですが、K大ではみんなフツーっぽくこなしていたので??と思いました。あの学年103人中で、唯一壊れて(心身症になり)ダウンしたのは私だけだったなあ。夏に再解剖やったけどさ。
 この話で怖かったのは、
「ひょっとすると、他の医学部のうわさも本当にあったことかも…!?」
ということ。たとえば、解剖であればK大では
「腸を両手に持って、『わーいなわとびだあー』とやったヤツがいる」
とか。ウソだあー、内容物が入ってんだから、腸でなわとびなんかしたらそりゃあグチャグチャになっちゃうよ、やるわけないじゃん…と思っていたのだが、キレてしまったらありえぬことではない。キャーッ、こわいよー。
(01/07/03)

「伝説の男その3・エロ戦士からエロ勇者に昇格!?」
 Oが、ナンパのために後輩2人を連れて都内某所にくり出した。
 居酒屋で尻軽そうなギャル3人を釣り、和やかに会話ははずんだ。よし、今日はイケるかもしれない…Oの願望が確信に変わった時、女の1人が尋ねた。
「皆さんは、どこの大学なんですかァ?」
Oは得意になって答えた。
「オレたち、慶應。ちなみに、医学部。」
不審そうな表情になった女たちは、一人ずつトイレに行くと言って席を立ち、二度と戻ることはなかった。
 Oは荒れた。痛飲した。真実を告げたのに、獲物3人に逃げられ、暴れた。
「チクショー、お前らがバカづらだから信用されないんじゃねーか!!」
とOは後輩に当たりちらしながら、深夜の街を徘徊し始めた。泥酔したOは、
「よーし、俺1人でナンパすんぞー、よく見とけ!!」
と道行く婦女子を口説きだしたが、ほとんど「酔っぱらいが女の子にからんでいる」ようにしか見えなかったという。その後吐き、倒れたOはナンパした女の子に道端で介抱されていたそうだ。
(01/07/03)

「伝説の男その2・お前は脱がないと本音で語れないのか?!」
 Oは普段から奇行で有名であった。飲み会の後、酔いつぶれた後輩(男)を介抱の為自分のアパートに連れ帰ったO。吐きに吐き、意識を失っていた後輩が目を覚ますと、そこには下半身裸で床に仰向けになっているOの姿が!よく見ると、Oは自分の股間の上で、サッカーボールをくるくるまわし、至福の表情をうかべているではないか!後輩は、
「その時、O先輩の部屋の異臭と、妙に床がべたべたしている理由がわかってしまった」
と後に語った。
 また、Oが部活の人々とカラオケBOXに行った時のこと。幸か不幸か、彼好みの女性2人(マネージャー)が来ていたのであった。酒の入った彼は、
「マネージャー、今日は腹を割って話しようぜ!!(ニヤリ)」
とシャツ1枚になってしまったのである!無論、下半身裸。女性たちは悲鳴をあげて逃げてしまい、Oは腹立ちまぎれにカラオケBOXの窓から立小便をしたそうである。
(01/07/03)

「伝説の男その1・三年酔い太郎」
 Oという男がいた。彼は、科の医局飲み会にて、泥酔してしまい、ビールのジョッキを持ったまま歩き回っていた。しかし酔っぱらいの事、足はふらつき気付いた時には、彼のビールは上等なスーツを着ていた医局のキング、すなわち教授の股間にブチまけられていたのであった。
 教授は凍りついた彼にこう言ったという。
「Oくん、きみ、アメリカは…好き?」
その後、彼がアメリカ送りになったのは言うまでもない。
 3年後、帰国した彼は「『アメリカくんだりまで行って何を学んで来たのか』全くわからない医者」として有名になり、
「アイツはフロリダじゃなくて、『バー・フロリダ』とかに毎日通ってただけなんじゃないの」
と陰口をたたかれていたそうだ。
(01/07/03)

「耳鼻科の手術・2」

 私は扁桃がでかい。口蓋扁桃肥大の分類でレベルVくらい。あんまりでかいので、食べ物を飲み込むのも苦労するほどである。ふつうなら成人前に退化するはずの臓器が、どうしてこんなにでかいんだろう。コドモだからだろ、とJIMMYは言う。
 耳鼻科で実習中、若い医者に扁桃を見せたら、
「うわ、大きいね!よく熱出すでしょう」
「よく中耳炎になるでしょう」
と言われ、年配の医者からは
「睡眠時無呼吸の恐れがあるから、助教授に口きいといてあげるから 麻酔科に検査入院した方がいいよ。」
と入院を勧められたのであった。トホホ。
 前述の若い医者が扁桃摘出の手術をするというので、担当ではなかったが
「私も扁摘を考えているので、入っていいですか?」
と申し出ると快諾されたのであった。
 ところが、切り取る時に
「ああ、バカ!取る方じゃなくて、残す方に刃を向けて、どうすんだよ!!頭使え!」
若い医者は、指導医にどなられどうしだったのである。患者さんが全身麻酔でなくってこの一部始終が聞こえていたら、あまりの不安に心臓が止まっていたかもしれない。
 術後、例の若い医者が寄って来て
「キミ、扁摘考えてたんだよねっ!?僕にやらして、ねっねっ」
と言った。あのやり取りの後で、同席してた人間にこんなことを言うなんて見上げた根性だ。よほど練習したいらしいが、その手にはのらないぞ!
 もちろん辞退したが、手術は信頼のおける病院でしないとなあ、と思ったのであった。
(01/06/08)

「耳鼻科の手術・1」
 学生の時、初めて実習でまわったのは耳鼻科だった。そして、初見学の手術は『副咽頭間隙腫瘍』。咽頭ならわかるけど、『副咽頭』って…どこ?と思っても無理は無い。当時5年生の私も、見学が決まってから急いで文献を探したものである。ちょっとマイナーな疾患だったんだよね。うんと勤勉な学生なら知っているかもしれない。正式な定義は教科書が手元に無い今書くことはできないのだが、おおまかに口を開いた時見える喉の奥の方、とでも思っていただきたい。(いい加減で申し訳ないが、家を出る時医学書は置いてきたので)
 見学は、ちゃんと手洗いをしてゴム手袋をはめ、術衣を着て入りました。ところが…5×3cmの腫瘍を取り出すのに、主治医は指でぐりぐり抉り出したのである!初めての手術見学なのに、こんなにアバウトだとは。まあ術者もプロだから正しいやり方なのであろうが、学生で限りなくシロウトに近い私の目には、手探りで力任せに腫瘍を抉るやり方が、非常に野蛮なものに見えたのであった。そして患部の縫合の時、主治医の口から信じられない一言が…
「このスキマ、閉じちゃうのおしいねえ。こんだけ開いてれば、麻薬の密輸に使えるのにネエ 」
と言ったのである。私と、助手と看護婦の3人がこれを聞いた。全身麻酔の患者さんが哀れであった。
「先生だって、我々を和ませようと言ったのかもしれないし、目くじらたてるものじゃないわ」
「イヤ!私だったら、こんな人の手術受けたくない!」
と心がゆれたものである。
(01/06/08)

「誤植の愉しみ」

  以下(正)ー(誤)。
 ペプチドープペチド
 GnRHアナログ−GnRHアナグロ
など、一見してわかるミスプリはかわいいもの。
 ミオキミアーミオキシア:顔面痙攣の起こる病気の名などは知らないとわからない。
 K大の産婦人科の講義で
「これは学会で使ったスライドです」
というのを見たらコレステロールが「コレスレロール」になっていた。
「学会スライドなのにまちがってるねえ」
 と横にいた子に言ったら
「学会では、そういう低レベルな発言で時間を喰うのが最も嫌われるのよ」
とアッサリいなされてしまった。そういう体質の世界だから、ミスプリも減らないのであろう。
 過去で一番驚いたミスプリはこれ。循環器(心臓とか)の教科書で右左シャントが「右左シャウト」になっており、シャウトしてどーする、と思ったのであった。
(01/05/12)

「黒マントがやって来る」

 泌尿器科の熟練T先生が、自分の手術した患者に訴えられてしまった。前立腺肥大の手術自体はうまくいったのだが…。
「夜な夜な、黒いマントを着たTが、俺の部屋に忍び込み、俺をインポにする!」
と訴訟を起こされてしまったのだ。
 60代の一見フツウに見える男だったそうだが、おそらく妄想型の分裂病なのであろう。
 しかし、精神鑑定が行われなかったのか、この訴えが真面目に取り上げられ、T先生は被告として度々法廷に呼び出されることになった。
「もう、これからは俺の患者は全員術前に精神鑑定してくれ!!」
とT先生は怒っていた。
 当時医学生だった私たちは、
「なぜ黒いマントなんだろうか?白衣なんだから白いマントでは?」
と思ったものだ。
 その後の裁判の行方は知らないが、まさか有罪じゃあないよねえ。
(01/05/08)

「これが特権階級って奴かい」

学生の時。医学漫画のネタにしようと、クラスメートのはえぬきのお嬢様に、
「何か面白いことあった?」
ときいてみた。「うーん」と考える彼女。数分後、おもむろに口を開くと、
「三軒隣で、火事が、あった…。」
あのね、私が聞きたかったのはさあ、笑える話なんだけれども…。
「それのドコが面白いんじゃ、ボケー!!」
とツッコミを入れる気力も失い
「ふーん、そうなんだ、へえー…」
とつぶやくのが精一杯であった。
(01/04/22)

「今も弓を見るとよみがえるトラウマ」

大学時代、弓道部に入っていた。そこの弓道場がコワかった。
1.道場の中に頭蓋骨が転がっていた(ホンモノ)。
2.裏のヤブに半分欠けた墓石のようなものがあった。
  (腰掛けていた奴もいたが、特に何もなかったようだ)
3.道場の横には霊安室があった。
4.さらに、その横が解剖学教室であった。
5.そして、その解剖教室には首なし骸骨(ホンモノ)が…
って、この首が1.の頭蓋骨なのである。
 外から講義にいらした先生が、この首なし骨格標本を見て、
「あああ、これは偉い先生だったのに…」
と嘆いておられた。実は生前に生理学教授で、学生のため志願して骨格標本になったらしい。しかも、女子学生が「フォークダンス!!」などと骸骨の手をとって、ふざけて踊ったりするものだから、ますます傷んでいくのであった。考え様によっては、死後女子学生にダンスしてもらえるくらい親しまれて、標本冥利につきるかも?
 以前読んだ唐沢俊一の本にも「自分を剥製にして母校に飾らせた教授」が載ってたし、標準組織学(医学書院)の豆知識にも、「イタリアかどっかのエラーい教授の遺言で、首だけホルマリン漬けにして学生たちを見渡せる講堂の上に置かれている大学」などがあって、結構こういう話はあるんだナー。
ちょっとイイような、イヤな話だ。(特に、ホルマリン漬け首教授は、居眠りしたら祟られそうだ。)
(01/04/22)

「命が軽くなる業界」
 K大の分子生物学教室教室入り口前の階段で、ここでバイトしている
級友のK江と立ち話をしていた。すると…
 K江「あっ!」
  私「なに?」
 K江「そこに、あんまり立たない方がいいと思うんだけど…」
  私「どうして?」
 K江「ちょっと…口止めされてるんだけど」
  私「なーに、内臓でもこぼしたの?(こういう会話がフツウに出る
   ところが医学部ってヤツは…)」
 K江「まあ、似たようなもんだけど…」
  私「いいじゃん、他の人には言わないから教えてよ」
 K江「…うん、ちょうどKちゃん(私のこと)が立ってるあたりにね、
    放射性廃棄物をこぼしちゃったの」
早く言えーーー!!!と叫んでヤツを殴りたかったけれど、出来なかった
24の私。今ならできるかなあ…。
(01/04/22)

「私は宇宙人を見た!」

 Pの方で「電波」に次いでよく訴えがあるのがコレ。耳鼻科に来たオバちゃんが、
「宇宙人が耳の中に盗聴器を仕掛けた!!」
と言ってきた。担当医は
「じゃあその盗聴器を調べましょ−ねェ」
と言って精神科へ連れて行ったそうである。
 要人でもないフツーの(いや、フツーじゃないか)オバちゃんに盗聴器を仕掛けて何のメリットがあるというのか。宇宙人のみなサンは、カミングアウトして無実を叫ぶとよいと思う。
「オレはそんなことしねーよ」
って。
(01/03/24)

「内科に来たひと」
 直接会ったわけではないが、ポリクリ(実習)の時、カルテの本人の書く問診表で「首がひとりでにまがる」というのがあった。指導医もこれを見て「どんな病気なんだ!?」と首をひねっていた。
(01/03/24)

「アナムネでムニュムニュ」
 病院に来る人に問診することをアナムネという。Anamnese(つづりウロ覚え)の略である。その人が何科へ行くのかは、受付の人が本人の希望と症状により簡単に振り分けるだけなので、後からしたっぱの医学生やフレマン(研修医1年目、学生以下の身分)が適当な科かどうか判断する必要があるのだ。
<電波のひと>
 P(Psychiatry:精神科の符丁)の人の場合、何故か電波について述べる事が多い。電磁波でも宇宙線でもなく、「電波」。 先輩医の体験談だが、夜当直していたら、
「電波が私めがけて飛んでくるんですよ!!見えませんか、ほら、ほらっ」
と巧みに身をくねらせて電波(?)をよけるオバちゃんが来たという。このオバちゃんは、レーダーアイか!?仮に、もし本当に電波が飛んで来ていたとしても人類の目では見えるわけないし、身体に当たったからといってどうだと言うのか。見えないだけで空から絶え間なく宇宙線が降り注いでいるのだし、よけきれないと思うのだが。
(01/03/24)

「こわい三態」
 神経解剖学の解剖実習で、脳解剖をしていた時。脳は大変やわらかく壊れやすいため、ポリプロピレンのタッパーに入っていたのだが…
<こわいその1>
タッパーに、「レンジでも使用できます」のシールが貼ってあり、レンジでチンしたホカホカの脳を想像してしまった。専用の入れ物があるわけじゃないのね。
<こわいその2>
脳を切るのに使う「脳刀」がちょうど結婚式でケーキカットする刃物にそっくりであった。何年後かわからないが、自分の式の時このことを思いだすであろうことが予想され、イヤな気分になった。
<こわいその3>
実習の帰り、階段に脳のかけらが落ちていた。うすさ2mm、1×2cm位。誰だよ落としたやつ!!
(01/03/24)

「この世の地獄は解剖室にあったのだ」

 私は解剖がイヤだった。以前、病院出入りの眼鏡屋の人に「解剖って本物をやるんですかー?」ときかれたが、本物じゃなきゃ何を解剖するんだようよう。私だって、人形で済むならそっちが良かったさ。別に見るのは結構平気なのだが、あの臭い(阿鼻地獄が最下層の地獄というのも納得する)と、生肉の触感が、大変神経に障ったのである。
 それでも、「この人(ご遺体と呼ぶ)は医学の発展のために献体して下さったのだから、一所懸命やらなくっちゃ…」と無理に勇気を奮い起こして解剖していた。なのに、(死体)管理人さんが歩み寄ってくると、
「コレは20年くらい前の、いきだおれの身元不明死体だったんだけど、わりと状態がいいからよかったなあ。」
とのたまわったのである!!!
 本人の遺志による献体じゃなかったんかあああ!!道理で皮下脂肪層がヤケに薄いと思ったんだ!それに、そういうのは法律的にありなのか?
(01/03/08)
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