| 029 時 宗 稲久山 長谷寺(とうきゅうざん はせでら)
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沼津市千本緑町1−5 TEL.(055)963−1831
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| 「浜の観音さん」として親しまれているこのお寺は正確には「福聚無量院、稲久山、長谷寺」といいます。ご本尊として、「十一面福聚自在天観世音菩薩」をお祀りします。このご本尊については次ぎのように伝えられています。 昔、駿河の海底に光るものあり。人怪しんで近づかなかったが大岡の荘の地頭某というものが漁師に網を入れさせたところ、金垢1寸2分の観音像が引き上げられたので松林中に仮の祠を造って祀った。 その頃天長2年(840)伊豆、駿河を御巡錫中の弘法大師がこれを聞かれ、里人に呼びかけて堂宇をを建立して安置された。その折り、土地の豪族牧野長者が信仰篤く、お浜御殿という荘園を寺の境内として寄進したのが千本公園になったといいます。 その後弘安5年(1282)時宗の開祖一遍上人が西光寺に逗留された時の住職堯在法師が、上人に帰依して弟子となり時宗に変わったため、無人の堂宇を西光寺に面倒を見て貰ってそれまで大和の国初瀬にあった豊山長谷寺末寺真言宗の寺院から、総本山遊行寺の末寺となって今日に至っています。 弘法大師ゆかりの寺院として名高く、駿河両国観音札場第13番札所、駿河一国観音札場31番札所、東海道百地蔵尊第95番札所となっています。寺堂として120版観音大曼陀羅 (明治8年制作)聖徳太子像、薬師寺如来像、開山上人弘法大師尊像があります。 特に有名なのは『観音開帳』の祭りで、4月桜の花が咲くと千本に大きな櫓を組んで大曼陀羅を掲げお詣りする120反曼陀羅は、明治8年菊池金平受広こと一雲斉藤原国秀画伯が画きあげたものです。しかし、破損がひどく、昭和62年、沼津の画家志賀旦山画伯が布130反に画き上げ昭和の大曼陀羅として復元された。巾13メートルの大作。年1度の御開帳が市民に親しまれております。 この寺は、明治、大正、昭和に大火、戦災等で焼失し灰燼となりましたが、昭和27年太子堂が復興、47年に現在の堂宇となり、曼陀羅も復元され賑わいが戻りました。これも観音様の御利益と思い感謝の念を忘れず日夜市民の哀愍護念(あいみんごねん)を願っております。 住職 遠山 宏
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