清梵寺(大塚のお地蔵さん)の紹介
今からおよそ1200年前、京都で勤めを終え安房の国に帰国途中の勤勉で信心深い得萬長者がこの地で息を引き取り、大きな塚に葬られました。そして、この地を大塚と呼ぶようになったといわれています。この長者の死を知らされた妻は、梵貞尼という尼になり、夫の死んだ原宿を訪れお墓参
りをしました。このとき休ませて戴いた網元の網に亡き夫が朝夕拝んでいた一体の地蔵菩薩がかかりました。これを聞いた網元は心を打たれ、自ら清信禅居士と号し、梵貞尼と力を合わせて、お堂を建て地蔵菩薩の尊像を安置しました。そして、この地に山号を得萬山と号し、清信、梵貞の二文字を取り清梵寺というお寺を建立しました。
お地蔵さん
平成12年、お地蔵さんと呼ばれ信仰を集め地域の皆様に親しまれている地蔵菩薩が約5百年ぶりに完全修復され、まばゆいばかりの金色に輝く姿に復元されました。
このお地蔵さんがいつ頃造られたか確かな文献はありませんが、修復時に後頭部内から出てきた文字から「文亀2年」を読み取ることができ、ちょうど5百年ほど前の室町時代末期、戦国時代にかかる1502年には存在していたことが確認されました。その後、1573年と記した文献には無色とあり、
金色を取り戻したのは「彩色あり」と記された1502年以来、約5百年ぶりであります。また、残された文面に「万民快楽心身安泰二世願望成就」とあり、この時代に人々が楽しく暮らせ、子宝に恵まれることを願って造られた事がうかがわれます。
尚、平成14年、檀徒の協力を得て書院新築が終了し、無事落慶致しました。
住職 肥田 英臣
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