082     法華宗 大本山 光長寺 塔頭  東之坊 (こうちょうじ たっちゅう ひがしのぼう)
   沼津市岡宮1063−1
       TEL.(055)921−1281
  • 本尊 南無妙法蓮華経
  • 本山 光長寺(開山日蓮聖人)
  • 開基 兵庫阿闍梨日光上人(?〜1347)
  • 宝物 日蓮聖人ご真蹟「下山御消息」断簡
  • 宝物 日朝聖人ご親筆「曼荼羅御本尊)ほか
 
 当坊は、光長寺参道東側の高台に位置する本山の子院(しいん)で、鎌倉時代末期に開かれました。明治34年の火災による古記録消失のため、正確な開創年月は不明です。
 
 当坊には、教育に関して由緒ある二つの名が残されています。第1は第5世日朝聖人(本果院。1392〜1466)。聖人は、光長寺の学頭として70余人のお弟子を育成し、自らも甲州・駿河・伊豆地方に布教して6ヶ寺を開創しました。また京都の日蓮聖人門下と連携して現在の法華宗の基礎を確立されたので、法運中興の祖と尊称します。当坊では親しみをこめてお日朝さんとお呼びし、ご命日逮夜に月例講を開いています。第2は、晤学舎(ごがくしゃ)。これは、明治5年の太政官布告による新学制施行の時、旧金岡村(現金岡地区)東部の教育施設として当坊境内に開設された学校です。明治19年に西部の敬身舎と合併し、金岡小学校となって現在に至っており、当坊は金岡の近代教育の発祥地となっています。

 当坊は古来の伝統を数多く残していますが、そのなかに<主伴(しゅばん)の儀>があります。
これは、光長寺に新しい貫首(かんじゅ)様が晋山(しんざん・本山の住職に就任すること)される際、まず当坊に入って衣を改め、全塔頭(たっちゅう)の住職と執り行う儀式です。

 現在の当坊は、坊門と築地塀に囲まれた約1千坪の境内に、本堂・客殿庫裏と庭園・駐車場を配しています。天保年間建立の坊門が古建築の趣を醸し出す一方、現本堂は昭和45年の建立当時より椅子式を採用、後に客殿とともに冷暖房を完備し、車椅子に対応した近代的施設となっています。境内のしだれ桜(紅八重枝垂れ)は名花の誉れ高く、そのライトアップされた風情はまさに妖艶、花の頃は終日、花客の足が絶えません。

 
                                   住職 石田 智宏 (いしだ ちこう)