| 009 曹洞宗 龍頭山 慈雲院(りゅうとうざん じうんいん) |
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沼津市大平257 TEL.(055)931−6995
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| 由緒 源家の幕下金子重郎家貞なる者民家に下り、星屋縫右ヱ門と改め元和4年(1618)開基となり慈雲院と号す。寛永6年(1629)駿河国安倍郡長田村向敷地徳願寺住職南州和尚の弟子南貞和尚慈雲院に来り、本師徳願寺11世一山南州大和尚を請して開山とす云々・・・。 元来桃源院旦那故に桃源院開基慈雲妙愛大姉の法名の二字を取りて慈雲院と号す。又山号は後ろの山、飯を盛りたるに等しとて飯盛山と申すなり云々・・・。と文書にあり、後天明の頃(1781)龍頭山と改めた。 当院は元来真言宗の真光庵と言う草庵で、桃源院末であったという。この小さなお堂が朽ち果てたあと、庫裡を移換して旧本堂兼庫裡としたもので、正確な創建年代は不明。30年程前横浜市にある貞昌院の庫裡が、造りや間取りが全て同じだったので、築造年代を尋ねたところ『約200年は経つている』との返事だった。あくまでも推察であるが旧本堂兼庫裡が出来たときに山号を改めたのではないかと思われる。 創立以来370余年、22世に至る間、幾度かの災害や、無住の時等もあり、古文書、宝物は元より仏具等も消失しており、建物も老朽化が進み応急修理も限界に達しので、昭和61年11月庫裡新築。平成3年3月本堂再建。新たに仏像8体を安置して入佛落慶、御開山並びに歴住報恩忌を厳修させて戴いた。山門入口に聖徳太子を祇った太子堂があり、かって大平石の産業が栄えた頃、職人の守護神として春秋両彼岸には盛大な祭典が行われていた。現在も春彼岸に付近の人々による太子講が続けられており、往時を偲ぶ大きな幟旗・幕・掛軸が残っている。 第22世 住職 赤井 堅三
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