公演によせて

演出/松田恒昌


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 「紫煙」、高校時代からの愛煙家(それも自負できるほどのヘビースモーカーですが)の私にとって 哀愁のこもった響きがあります。 焼却場・火葬場・たき火・煙草・排気ガス・秋刀魚を焼く煙まで煙=公害と位置付けられてしまった 現在の社会でこの戯曲に出会った今、あらためて「紫煙」と言う言葉が私の脳裏に浮び上がって来ました。

 嫌煙家の皆様にはお分かりいただけないと思いますが、T.P.O.に合わせくゆらす紫煙、 おだやかな時、悲しみ、怒り、喜びの時だったり、それが芝居には欠かす事の出来ない、喜・怒・哀・楽と 密接な関係にあることに気付きました。

 煙草をくゆらすと目にしみるんです。そんな芝居に創り上げたいと思っています。

 前置きはこのくらいにして、今回はここ十数年若い男優の居なかった劇団にとって久々に幅の広い 年令層の芝居を手掛けさせてくれた、今回新たに入団した若者(男2女2)、 しばらく舞台から離れていた3名のベテラン、一貫して頑張っていた諸君達に心から感謝している。

 では、あらためて今回のお芝居の話です。

 人は物心がついてから幾度びか人の死に立会います。 お葬式ほどさまざまな人間模様が凝縮され、交錯する場所はありません。

 逝った人、残された人、それぞれに言い残した大切な思いを胸に、 それぞれが悲しみに浸るのですが、今回のお葬式はチョット違います。 現代社会において、やっかい者あつかいされているボケ老人の桂バーチャンが居るのです。 すごーいおばあちゃんなのです。

 身近なお葬式を経験された方、これから経験されるかもしれない観客の皆さんの中にも 「桂さん、我が家にぜひ!」と想われる方がたぶんいらっしゃる、そんな芝居です。

 あ、そうそう、忘れるところでした。

 愛煙家の皆様、開演前にあの虐げられた居心地の悪い喫煙所で、タップリ「紫煙」を くゆらせてから観ていただきます様お願い申し上げます。 私のご忠告をお聞きにならないと、キット後悔しますョ。 “場内禁煙です。”


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