富士山麓にヨウム啼く番外編 アキレス腱断裂記19 再断裂後12〜13週間経過 自主トレの日々(術後121〜134日) 23 Jan.2002


IEをお使いの方は文字サイズ75%を推奨いたします

2002年1月6日(日)121日目  再断裂78日目


初夢は願望丸出し

●遅ればせながら初夢を見た。インターネットをするようになってから、しばらく連絡のとれなかった高校時代の
友だちとメールのやり取りをするようになったのだが、彼女の家に遊びに行く夢を見た。
それが去年の12月14日に行った浜松の映画館のように、夢の中では階段も廊下も絨毯敷きの3階建ての家で、
階段を這ってではなく歩いて昇っているのだった。

●家の中には誰もいなくて私ひとりしか出てこないのだが、(ここは○○さんの家だ…)と夢の中で思い込んでいるのだった。
廊下も階段も絨毯敷きだからギプスで削れることもないし、とっても歩き易いし、さすがだなぁ〜と
夢の中で思ったりしていた。とてもいい夢だった。
すぐに友だちに初夢の話をメールに書いて送ったら、彼女は大ウケであった(笑)

●彼女の返信にこうあった。「うちにいつでも来て来て…と言いたいが、うちは3階建てでもなく廊下も床も板のままだし、
そのうえ私が大学生の時使っていたコタツを今も使ってるよ」


2002年1月7日(月)122日目  再断裂79日目  リハビリ9回目


松葉杖1本で歩く訓練が始まる

●Sの冬休み最後の日。朝からリハビリに連れて行ってもらう。
いつもの先生と年末以来初めて会うので、新年の挨拶をする。
これまで病院のある日は毎日リハビリに連れてきてもらったが、翌日からはSが仕事になるので、週に1回来れるかどうかも
怪しいと話してみた。先生が言うには、だいぶリハビリが進み、腱を伸ばすことができたので、あとは松葉杖1本で歩ける
ようにして、最終的に松葉杖なしで歩く訓練をするだけだからリハビリの回数が減っても大丈夫だろうとのことだった。

●ホットパックの後、早速松葉杖1本だけで歩く訓練を始めた。私は左足の怪我なので、松葉杖は右手に持つようにする。
右に持った松葉杖を前に出すと同時に左足(手術した方の足)を1歩前に出し、その後右足を1歩前に出す。
これで松葉杖と両足が1直線に並ぶ。

これを繰り返して前に進むのだが、まだこの日は体が右側に傾いて左足にあまり体重がかけられなかった。

●一旦歩行訓練を中断して、マッサージと腱伸ばしをしてもらう。
その時に、自宅は狭くて部屋ごとに段差があるのでなかなか松葉杖の練習ができないと相談してみたら、
アキレス腱を伸ばして体のバランスをとる簡単な訓練法を教えてもらえた。
それは、低い椅子に腰掛けた状態から、両手をどこにもつかずに両足で立ち上がるというものだった。
少し診察台で練習してみたら、これが最初の想像以上にアキレス腱が伸びるのだった。
これなら毎日何度も自宅でできる。

●最後にもう一度松葉杖1本だけの歩行訓練をする。マッサージと腱伸ばしする前よりも体の傾きがなくなり、
左足にも体重が乗るようになった。
ただし、左足が内側に向いてしまうので、左足のくるぶし付近が痛くなってくる。
そこで、左足を外側に向けるように意識して歩くように指導された。


●松葉杖1本は2本の時と比べてみると、遥かに歩き易く感じるのだった。
床が毛足の短い絨毯敷きの床を歩く時など、松葉杖2本の場合は杖が引っ掛かり転びそうになることがよくあった。
これは松葉杖の一番下にゴムの滑り止めがついているからなのだ。2本の場合の方がゴム2つついているので、
抵抗が大きいのだ。それに比べて松葉杖1本で歩けるようになると、ゴムの抵抗は片方だけだし、
松葉杖を持たない方の手が空くので、物を持って歩くこともできて便利なのだ。


2002年1月8〜11日(火〜金)123〜126日目  再断裂80〜83日目


自宅で自主トレの日々

●慌ただしかった年末年始が終わる。リハビリにも行かずに家で1日中過ごす日々。
椅子に座ってそこから立ち上がる練習を何度もする。
そして歯を磨いている時や台所で洗い物をしている時などは、左足も床について両足で立つようにしてみる。
ただし、体重はどうしても右側の方に乗ってしまう。
でも時々両足を開いて、左右の足に同じくらい体重がかかるようにしてみる。
この時は転んだりすると大変なので、作業しながらでなく、この訓練に集中した。

●1月9日で最初に断裂してから4ヶ月が経過した。
2ヶ月で治すつもりだったのに(自分の予定・笑)、結局途中で転んで4ヶ月経ってもまだ治療中なのだった。
Sと半分本気で話していたのは、ライ麦畑でつかまえてのホールデンのように、
アキレス腱再建手術後に転びそうになる人を転ばないように受け止める役になりたい_という話(笑)
特に(余計なお世話なのかもしれないけれど)年末にアキレス腱を切った田村亮さんに絶対に転ばないように
注意しに行ってあげたい!_などと話していたのだった。全治3ヶ月だそうですが、転ばないようにしてください。お大事に。


2002年1月12日(土)127日目  再断裂84日目  リハビリ10回目


足首を外側に向けるように意識する

●リハビリに出かける。土曜日は病院内でリハビリを受けている患者さんたちのために、
リハビリの延長として催し物を毎週しているそうだ。
それで土曜日は先生たちが手薄になっているのだった。この日の催し物は歌の練習だったそうだ。
ホットパックの後、先生たちが戻ってくるまで30分ほど待機。
すると、先日肩を怪我してリハビリにやってきた人と再会。
前回は初めてのリハビリだったことや、家族が自分の痛みを理解してくれなくて、家事の協力もしてもらえないと
涙ながらに話していたが、この日は1日おきにリハビリに通っていて、腕も回るようになってきたそうだ。
元気そうでよかった。

●この日はまた別の先生にマッサージと腱伸ばしをしてもらう。
この先生の見立てでも、やはり左足の足首が内側を向いてしまっているとのことで、
ふくらはぎから入念に内側から外側に向かって筋肉をマッサージしてもらった。
お正月はどんな風でしたか?と聞かれて、いろいろお喋りしながらマッサージしてもらったのだが、
話が初夢のことになった。私が見た「友だちの家の中を歩き回る」夢を話したら、
「それは、コソ泥みたいですね(笑)」とゲラゲラ笑っていた。
確かに人の気配のない他人の家を歩き回っていたのだから、コソ泥っぽいのだった(笑)
この日は一旦家に帰り、再度映画を見るために外出もしてきたのだった。


2002年1月13〜17日(日〜木)128〜132日目  再断裂85〜89日目


車椅子を思いきり漕ぐ

●連休2日目の13日は、昼から清水の海洋科学博物館に出かける。
階段代りの長いスロープがあるので、車椅子を押してもらって2階にも行けた。
トイレも車椅子用のものがあるので安心。海洋水槽に泳ぐ魚を見てとても気持ちが和む。
少し肩凝りがするようになってきたので、平坦な場所では自分で思いきり車椅子を漕ぐようにした。
やはり海洋科学博物館を出る頃になると、肩凝りが治っていたのだった。

●家に行く前に、市内にできた巨大ショッピングセンターに行ってみが、売り場が巨大で人で混み合っている。
でも、人があまりいない辺りを見つけて、車椅子を漕いで上半身の運動をさらにしてみた。
他の客は私が肩凝りを治すために車椅子を一生懸命走らせているなんて、まったく思いも寄らなかっただろう(笑)

●毎日、掃除機がけと鳥の世話に始まって、洗濯や食事の支度も自分できるようになった。
夕食の後片付けだけはSにしてもらっている。
片付けを手伝おうとして、この10日間ほどでビアマグ1個とグラス1個を割ってしまった。
まだ食器棚に食器を戻すのは大変なことがあるのだった。

●この期間、意識して椅子に腰掛けた状態から立ち上がる練習をしたり、両足で立っている練習を続けた。


【メモ】いい筋肉は普段は柔らかくて、力を入れると硬くなる

以前、ギプスが外れてから「足首の周りに筋肉がついた」「スクールソックスくらいの位置まで筋肉がついた」
書いたことが何度かある。足首から上、ふくらはぎの途中まで硬くなったので、筋肉がついたと思っていたのだった。

それが、リハビリではどうもその硬い所を揉みほぐそうとしているのではないか?とだんだん思えてきた。
ある時、若い先生から「筋肉が硬くなっているので、揉みほぐさないといけない」と言われたのだった。
筋肉がついて硬くなったと喜んでいたなんて…(笑)

私は肩も背中も時々硬くなって、肩凝りを通り越してカチンカチンになって苦しくて仕方なくなることがある。
きっと私の左足のふくらはぎもそういう状態だったんだなと、後で納得したのだった。
それ以来、なるべく左脚全体を温めて、自分で軽く撫でたりさすったりするようにしていた。
リハビリの甲斐もあり、脚が柔らかくなっているのに気がついた。

また、手術したアキレス腱は少し以前は「節(ふし)」か「瘤(こぶ)」か?と思うような
大きな固まりが手に触れたのだが、16日の段階では固まりが小さくなって、
アキレス腱全体がスッと伸びているような感じになっていた。


2002年1月18日(金)133日目  再断裂90日目 リハビリ11回目 松葉杖が外れる


松葉杖なしで歩けた

●この日を逃すと前回のリハビリから2週間間があいてしまうことになるので、Sが午後に休みをとってくれて、
リハビリに行くことになった。
Sが帰ってきたらすぐに病院にでかけられるように、左足の膝丈まで大きなビニール袋をかぶせて
膝のところでガムテープを貼り、手には使い捨ての手袋をして準備を整えた。
階段の部分は左膝を直に階段について下りて行く。
踊り場は前はケンケンで進んでいたが、1週間前に松葉杖1本で歩く練習をしてからは松葉杖をついて移動するのだった。
この日は松葉杖をつきながら両足で歩いてみたら、痛みも違和感もまったくなく、スイスイ歩ける気がした。

●病院の窓口で受け付けを済ませてリハビリに向かうと、普段の午後よりも患者さんが少なく、すぐにホットパックが始まった。

ホットパックが終わり、少し長椅子に座りながら、平行棒で歩く練習をしているお年寄りの様子などを見ていた。
平行棒の奥に鎮座するリハビリ用の階段は私の憧れ(笑)
早く歩けるようになって、いつかはこの階段で歩く訓練をさせてもらいたいと、ずっと前から思っていたのだった。

●名前が呼ばれてマッサージと腱伸ばしが始まる。この日の腱伸ばしはほとんど痛みがなく、呆気無く終わってしまった。

「足首がだいぶ柔らかくなってきたよ。じゃあ今日は松葉杖(右側だけ1本使用)には体重をかけずに、
ただ持って歩くだけのようなつもりで歩行訓練をしてみましょう」と言われる。

●早速松葉杖1本で、松葉杖には体重をあずけないように(体が右に傾かないように真直ぐに)歩いてみた。
最初から体が右に斜めに傾かずに、体を真直ぐにして歩ける。
ただし、まだ『左足を1歩前に出す→右足を1歩前に出して両足が揃う』という歩き方しかできない。
でも、よろけたりアキレス腱に不安を感じたりすることはなかった。
むしろ、アキレス腱は太くてしっかりしているようだが、足の裏のかかとが着地する時、内側の骨か何かが
圧迫されているような痛み
が出てきてとても困った。

●すぐに松葉杖を使わないで歩いてみることになった。

歩き方はやはり『左足を1歩前に出す→右足を1歩前に出して両足が揃う』という物なので、
なかなか前には進まないけれど、ちゃんと自分の足だけで歩くことができるようになったのだった。
初夢までもが歩く夢だったので、本当に嬉しかった。正月にテレビで『アルプスの少女ハイジ』を見ていて、
自分も初めて歩ける瞬間を迎えたらクララのように泣くのだろうか?と考えていた。
けれど、やはり私は嬉しくて嬉しくて、歩けた瞬間は「うはははは」とお腹の底から笑い声が出てしまうのだった。
映画を見て感動したりすると泣くくせに、結局ギプスが外れた時も歩けるようになっても、
私は自分のことで嬉しいと泣くよりも、笑ってしまう人間なのだった。

●毎日松葉杖なしで家の中を歩いてみるように言われた。注意はただひとつ、片足でジャンプしたり
走ったりしないことだった。先生たちにお礼を言い、すぐに病院を後にした。

●これからすることは2つ。1つはケーキやシャンパンを買って、取り敢えずささやかな快気祝をすること。

そしてもう1つは家の中でも滑らず安全に歩けるように、室内用に靴を1足買うことだった。
この日は調子に乗ってケーキの他に甘いものを沢山買込み、スペイン産の発泡酒カヴァを買ってきた。

●そして新しく買ったのは普通の靴ではなく、リハビリシューズだ。
普通の靴を試しに履いてみると、全然合うサイズがないのだった。
私は24センチの靴を普段履いていたのだが、試着してみるとどれもむくんでいる左足がきつくて
履くことができないのだった。試しにと、26.5センチの靴を履いてみたら、やっと履けるのだった。
それなら無理して普通の靴など買わずに、リハビリシューズを…ということになったのだ。
この靴は松葉杖なしで歩くので、足の甲をしっかり包んで全体にホールド感がいいものを選んでみた。

●買い物の後すぐに家に戻ることにした。3階までの階段は、まだ憧れの「リハビリ用の階段」で

練習していないので、やはり左膝をついてのぼって行くことにした。
自宅に辿り着いてすぐに新しいリハビリシューズを履いて歩いてみた。
まだ歩幅も狭いし、歩き過ぎるとかかとが痛むので、様子を見ながら歩いた。
でも、這うのもケンケンもこの日のリハビリを境に一足飛びに卒業できた。
ずいぶん床が下の方に見えた…というか、すっかり近視が進んでしまったような感じで、足元が霞んでよく見えないのだった。

「歩けるようになった嬉しさは、どんな時の嬉しかったことに例えられるか」_そういう話になって、
すぐに思い浮かんだのは、「我が家にヨウムを迎えた日の嬉しさ」と同じくらいだということ。
 #次点は「ギプスが外れた時の嬉しさ」と(笑)<やっと思いきり痒いところが掻けると思うと嬉しかったのだった。
こんなに嬉しいことはなかったと、今でもヨウムが家に来た1998年4月4日のことはよく思い出すので、
きっとこれからは、歩けるようになった2002年1月18日もよく思い出すようになるかもしれない。


2002年1月19日(土)134日目  再断裂91日目


立って歩いて家事をしてみる_掃除機をかけて車酔い

●前日寝る前に、翌朝起きたらすぐに立って歩けるように、枕元にリハビリシューズと靴下を置いて寝た。
でも朝起きてすぐにリハビリシューズを履いて歩こうとしたら、立ってすぐは左足のかかとが痛くて歩くのもぎこちない。
しばらく立ったまま動かないでいて、慣れてきたら歩き始めるようにすれば痛みも和らぐことがすぐわかった。

朝食の支度と片付けをして、そのままヨウムの世話をして洗濯機を回して、そして膝立ちではなく、立った状態で
掃除機をかけてみることにした。膝立ちの時はすぐ真下に床やカーペットが見えるので、ゴミや髪の毛やホコリ、
ヨウムから出る脂粉がよく見えるので、掃除機がけは意外にラクなのだ。

●でも、立って歩きながらかけてみると、目がよく見えなくて困ってしまった。
それ以上に困ったのは、掃除機をかけていて目が回ってきて、体がグラグラしてきて、
しまいに車に酔ったように吐き気がしてきたことだった。
初めて車を運転した時に、遠くを見ることができなくて、ボンネットの先端ばかり見ていて私は吐き気が
してしまった(自分で運転していたのに車酔い?)ことがあったのだ。きっと掃除機も足元だけを見ていたから
気持ち悪くなってしまったのだろう。掃除機で車酔いなんて、情けない(笑)
本当にまた車を運転し始める時も酔うのかなと、何だか取り越し苦労してしまうのだった。


初めてのスキーを思い出す

●そして、いろいろ歩き回ってみると、足腰の筋肉痛がひどくなってくるのだった。
ケンケンや一本足立ちなどで毎日酷使と言っていいほど使っていたはずの右腿の前面、側面、後ろ側が特に筋肉痛がひどい。
そして大臀筋やふくらはぎ、背中と腰の間などなど、筋肉痛だらけなのだった。
カクカク歩いていると、膝が思わずカックンとなりそうになるし…これも何かに似ているなぁと思い出してみたら、
それは生まれて初めてスキーブーツを履いてバックルを緩めたまま雪の上を歩いた時のような感じなのだった。
歩き続けていると、生まれて初めてボーゲンで滑った時に痛くなった筋肉と同じ箇所が痛くなってくるのだった。
スキーは歩いている時には使わない筋肉まで使うのか、それとも不自然なくらい前傾でバランスをとって滑るので、
全身が緊張して硬くなるからか、とにかく初めてスキーをすると、それまで痛くなったことが無いような箇所の
筋肉痛に襲われるものだ。

●スキーブーツはバックルをしめることによって前傾姿勢になるように設計されていて、スキー板を外している間は
そのバックルを緩めておいて歩くのだ。バックルを外しておいても足首が自由に動かず、重たいブーツを履いて
ガチャガチャ歩き回ることになるのだ。不自由さといい、歩いていて足が上にあがらないことといい、
ひどい筋肉痛といい、すべてがスキーブーツを履いている感じ。そう、『初めてのスキー』とそっくりだった(笑) 


短い階段をのぼりおりしてみる

●Sが帰宅して、静岡まで『アメリ』を見に行くことにする。映画館は建物1階だが、少し階段がある。
車椅子で出かけると、かえって車椅子が邪魔になりそうなくらい駐車場と映画館が近くなので、松葉杖で映画館まで行った。
階段は3〜4段くらいなので、いざとなったらいつもの様に膝をついて行けばいいや…と軽い気持ちで松葉杖をついて行った。
そして実際にちょっとした階段があったのだが、右手で手すりに掴まって左手には松葉杖…これで無事に階段を
のぼることができた。くだりも同じようにして下りることができた。
映画の後、自宅の階段ものぼれるのではないかと思い、映画館でやってみたようにして上がってみた。
すると、ラクラク階段をのぼることができるのだった。


階段を2階までのぼってみた

●映画の後、自宅の階段ものぼれるのではないかと思い、映画館でやってみたようにして上がってみた。
まだ階段でのリハビリを受けていないので、どちらの足から前に出していいのか分らない。
とにかく手術していない方の右足から1歩進んでみた。
足元を見ていないと左手に持った松葉杖の着地点も心配だった。何とか2階まで歩いて階段をのぼることができた。
左足のかかとが痛くなってきたので、残りは左膝をつきながら階段をのぼっていった。
もしも歩いて階段の昇り降りができるなら、スカートでも大丈夫。
「万年ジャージ」からももうすぐ卒業できるかも知れない。



home e-mail