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| 2001年9月13日(月)5日目 |
愛読書 ●入院という事態になったのが日曜日で、翌日からSが仕事だったため、欲しい本を買ってきてもらうことが難しかった。 そこで家にある本で再読したいものを持ってきてもらった。1冊はルドルフ・グレイの『史上最低の映画監督エド・ウッド』、 そしてもう1冊は漫画で花輪和一さんの『刑務所の中』という本。これは服役経験のある花輪氏が記憶を元に刑務所の中での生活を 漫画にした作品で、とても病院の生活に似ていることが更に面白さを倍増させるのだった。 ●特に、互いの服役理由(入院理由)と、いつ頃出所(退院)できるかなど、毎日毎日同じ話が繰り返されるのはソックリ。 出所(退院)が決まると、やっていけるかどうか(ひとりで通院できるか、家事ができるかどうか)非常に悩むことなど(←これが 私・笑)まさにソックリなのだった。きちんきちんと時間で行動が決められていると、自分の行動もそれに合わせることになる。 結果、早寝早起きになり、規則正しい時間に規則正しい量の食事を摂る。すぐに食事になってすぐに1日が経ってしまう。 そんな生活もなんだか心地よくなるのも、刑務所の中と同じだ。 そして、食事は2日目くらいから(昼には必ず牛乳か乳酸飲料がでるとか)(夜はコンポートのようにした果物が出る。3日1度は フレッシュな果物が出るなど)ルールが判ってくる。刑務所の中とは違って献立表は貰わないものの、3日目あたりから果物に何が でるか楽しみにしていたのだった。私以外は食事を止められている人とお年寄りだったので、3分の1とか2分の1しか食べないで 残す人が多かったのだが、私は必ず全部食べていた。 ●『刑務所の中』では、甘味への渇望が何度となく描かれている。私も出される食事以外は食べなかったので、何となく甘いもの& 油っこいものが食べたくなってきていたのだった。それと入院中は食事前にお茶をもらっていたが、コーヒーが飲みたくて仕方なか った。そこにドーナツとコーヒーを持って友だちがお見舞いに来てくれた。コーヒーガブ飲み&ドーナツ大食いに走った(^_^; また、読むものがなくてつまらないだろうと、話題の読み物も持ってきてくれたのだった。多忙な中、時間を割いて美味しくて面白 いものを届けてお喋りしていってくれた友だちに感謝。そしてこの日、なぜか自分で餃子を作っている夢を見る(笑) |
| 2001年9月14日(金) 6日目 |
敬老の日の前日 ●カレンダーを見ると、翌日の敬老の日と日曜日が連休だった。一緒に入院しているおばあさんたちには、今年敬老の日のイベント に出られないとガッカリしている人が何人もいた。餅やご馳走がふるまわれたり、婦人会の人たちが歌や踊りを披露したり、記念品 が出るそうだ。それとゲートボールやグランドゴルフ(グラウンドゴルフ?)の名プレーヤーだというおばあちゃんが同室に入院し ていたのだが、この日はその仲間の人がお見舞いに来ていた。その話を聞くとはなしに聞いていると、伝説の名プレーヤーだったこ とがわかった。 外出できるか? ●一緒の部屋に入院している人が「日曜や祝日なら回診も休みなので、点滴や食事制限などがなければ外出や外泊をさせてくれる。 明日外出してみたかったら今日のうちに看護婦さんに伝えておく方がいいよ」と教えてくれる。点滴はこの日に終わるので、すぐに でも家に帰ってみたいと思った。あれもこれもと、やりたい事や病院に持ってきたいものを考える。教えてくれた人は外出した時、 自分でお店に行ってパジャマを買ってきたと言っていたが、それはいいなと思った。是非自分で買い物に行ってみたい。とにかく、 懸案のシャワーを浴びに是非とも家に帰りたいと思い、勤務交替したばかりの時間に看護婦さんに早速話をしに行く。 でも1度で用事が伝わらないのだった。回診の時直接お医者さんに外出を申し出た方がいいだろうと思って、お医者さんに言うと、 すんなりOKが出た。外出願いという書類を書いてナースステーションに出してほしいと言われる。でも、いくら待ってもその書類 が届かない。自分からナースステーションに顔を出して外出願いがほしいと言いに行った。忙しそうで、すぐには貰えないだろうと いう感じだったので、翌朝もう一度チャレンジしてみることにする。 ●仕事が終わって、夜Sが洗濯物を持って来てくれる。毎日仕事の後に来てもらうのだが、職場・家・病院を行き来するので、 相当疲れているらしい。本当に済まないなと思う。時々頼んだ物を持ってくることを忘れてしまうのだけれど、「あれ?昨日持って こなかったっけ? 持ってきたっていうのは、どうやらオレの妄想だったらしい」とのこと(笑) 時々忘れ物はあっても洗濯物を洗って持ってきて貰えたり、必要なものを持ってきてもらえるのは本当にありがたい。 Sはすっかり家事に慣れたとこの頃から言い出す。明日外出できる事を伝えておく。 ●夜、最後の抗生物質の点滴をしてくれた若い看護婦さんが、中学時代に駅伝で転んでアキレス腱を切ったまま3キロ以上走った ことがあると話していった。何でもアキレス腱が切れても「捻挫だろう」と思って、1日くらい我慢して歩いてしまう人がいるらし い。切れたとわかったら即病院に来る人は治りやすいのだそう。その若い看護婦さんが部屋を出る時「退院したくなったでしょう。 退院したいってHさん(私)が言ってますと先生に伝えてあげるね」と言っていった。 |
| 2001年9月15日(土)7日目 |
松葉杖を貸してもらう ●朝、ナースステーションに顔を出して「外出の許可が貰えたので、外出願いをくださーい」と頼んでみた。しばらくして、ナース コールで「リハビリセンターに来てください」と連絡が入る。車椅子で出かけてみると看護婦さんが松葉杖を選んでいるところた。 外出する時に貸してくれるそうだ。いくつかあてがってみて、脇に松葉杖上部をはさみ、手を定位置にかけて肘の角度を見て丁度い いものを選んでくれた。実際に少しだけ松葉杖で歩く練習をしてみる。そして外出願いもベッドまで届けてもらい、外出開始時間と 病院へ帰ってくる時間、食事をいつから止めていつから再開してほしいかの欄などを埋める。そしてその直後にSが迎えに来てくれ た。 ●出がけにナースセンターに外出願いを出す。そして病院の玄関に横付けにした車に、車椅子から乗り移る。病院から一歩外に出た だけで空気が美味しく感じた。しばらくそのまま外に出ていたいくらい気持ちよかった。晴天の絶好のドライブ日和でもあった。 この病院から富士国際花園まで15分ほどなので、遊びに行きたくなったが、家に帰ってヨウムの顔を見て、シャワーを浴びる方が 先決であった。 立ちはだかる階段 ●アパートに到着。車のドアを開けてもらい、松葉杖を手渡してもらい階段のところまで自分で行くことができた。ところが、階段 を松葉杖を使って登ることがどうしてもできない。 両腕とも松葉杖では後ろに倒れてしまったらどうしようという恐怖と、実際に 一段一段が高くて上がっていくのが難しい。階段を登る時、階段に正対すると、自分の右側に手すりがくるので、右手は手すり左は 松葉杖で登ってみることにした。初めての松葉杖で、階段も初めてだったので、恐ろしいくらい大変だった。右の背中と腰の間の筋 肉がとても痛くなる。それから右脚の付け根外側の筋肉痛。そして左側の足をつかないようにしている方の背中と腰の間の筋肉と腿 も痛くなってくる。汗もどっと噴き出す。5段ほどあがると、ぐったりしてしばらく両脇に松葉杖で休憩しないとならなかった。 これを延々続けてようやく3階まで辿り着いた。かなり休み休みだったので、3階まで登るのに15分くらいかかってしまった。 たかが階段を1段登るだけで、これだけ大変なのだと思い知らされた。それに、自力で階段を登ったとは言え、万一の危険防止と、 階段を登る間に不要な松葉杖を持ってもらうために、誰か人がいないとならない。気楽に退院していいものかと心配になる。 まずはヨウム ●家に入ると、洗濯物が干してあり、部屋に掃除機がかけられていて物もきちんと片付いていた。嬉しい。とりあえずはヨウムと対 面する。1週間振りのヨウムは声もあげず、しれーっとこちらを見ている。私が入院していた間は「みーっちゃーん」と私を呼ぶこ とも「ワッショイ」や「キューティーハニー」も歌わなかったそうだ。 Sの声の「願いまぁ〜す」をすっかりマスターしたとのこと。しばらくして「みーっちゃーん」や「ワッショイ」が始まる。 そしてSの声の「願いまぁ〜す」も得意げにヨウムは披露するのだった。そしてギプスの中身を掻くために、一番長い菜箸を出して もらう。これは足掻き専用にした。 家の中も不自由だった ●家の中は狭いので、松葉杖(自分の肩幅よりかなり広く杖と杖の間隔を空ける必要がある)には不便だった。それに、うちは椅子 に座る生活でなく、床や畳に直接座っているので、松葉杖では歩き始めも歩き終わりも難しいことがすぐわかった(注 これを書い ている今は筋肉がついてコツもわかったので、床から片足立ちして松葉杖で歩き始めたりできるようになっている)。 それで赤ちゃんのようにハイハイやお尻歩きするしかないことがすぐに分かった。この頃まだケンケンではそう遠くまで行くことが できなかった。 ●膝は床に擦れて痛くなるし、物はとれない運べない…本当にこんな状態で退院して大丈夫かと、余計に気弱になるのだった。 家に帰ってきても、Sにいちいち身の回りの事を何でもやってもらわなければならないなら、もう少し入院している方がいいのかな と、更に弱気な考えに傾く。でも、部屋のところどころに椅子を置いてもらい、そこまでハイハイで行き、椅子の座面などに手をつ いて、片足立ちするのがラクだと分かったので、少し気を取り直すことができた。 ●昼食をさっそく食べる段になり、Sが何か作ると言うが、どうしても食パンにアンコとマーガリンをはさんだもの(刑務所の中に 出てくる)か、ピザかホットケーキかドーナツかラーメンか餃子が食べたかった(笑)ので、出前をとることになった。そこでピザ を注文して持ってきてもらう。 ●この日は座ってできる家事のみやってみた。アイロンがけしなくてはならないシャツが溜っていたので、アイロンをかけた。 ただし、アイロン道具一式と畳んだシャツは自分で定位置にしまうことができなかった。この日、家事らしい家事をしたのはアイロ ンがけだけだった。 ●そして懸案の入浴。病院で聞いた通り、ギプスの最上部にタオルを差し込んで、ギプス全体もタオルで巻いてから二重に厚手のビ ニール袋をかぶせて、ガムテープでぴったりとめる。皮膚の上からもガムテープを貼って準備完了。左足を濡らさないように注意し ながらシャワーを浴びる。風呂椅子は片足を着けない時は不安定で危険な気がする。風呂の床に左脚の膝を曲げて片膝をつくような 感じでシャワーを浴びた。身体も頭も3度ずつ洗う。これであとしばらくの入院生活も快適になるはずだ。着てきたものを洗濯し、 干そうとしたが、干すことが難しかった。片足で立ち両腕を上にあげると、非常に足元が不安定になる。洗濯機で洗濯できても、 干すことが難しいとわかった。 階段を降りるのは意外にラクだった ●そしてとうとう病院に帰る時間になる。覚悟を決めて階段を降りることになる。登りは自分の右側に手すりだったのだが、降り る時は左側が手すりになる。そこで手すりに平行に体を向けて、両手を手すりにかけてしっかり握って右足でケンケンして降りてみ た。降りる方はそれほど難しくなく、何度も休まずに下まで降りることができた。所要時間は3〜4分といったところだった。 この日、体はクタクタに疲れていたのだが、頭が興奮して全く眠ることができなかった。 付記1 |
| 1手術 | 2入院1 | 3入院2 | 4退院 | 5抜糸 |
| 6鳥に好かれる | 7ギプスが外れる | 8足首周りに筋肉出現 | 9松葉杖で歩行訓練 | 10再断裂 |
| 11再断裂・ギプスで固定 | 12ギプス巻き直し | 13再断裂3週間経過 | 14再断裂4週間経過 | 15再断裂5週間経過 |
| 16再断裂後のギプスが外れる | 17リハビリ再開 | 18松葉杖1本で歩行訓練 | 19自主トレの日々 | 20歩行訓練 |
| 21松葉杖を返却する |