富士山麓にヨウム啼く



part1   手術、腹痛が始まる、ナサニール使用まで

part2 ナサニール中止、ひどい腹痛、外科受診まで

since 13 July 1998  last modified 3 Feb 1999

現在、通院をやめています。通院しはじめたらコンテンツの更新をする予定です
今回はページをリニューアルしました。それぞれの日付けにリンクが貼ってありません。
少々見にくいかもしれませんが、ご了承ください。



■私は平成7年1月から、原因のわからない腹痛に悩まされていました。「1お腹が痛い」から「5手術しました」は、平成8年11月に卵巣出血と診断されて緊急手術を受けるまでの個人的な覚え書きです。

■その手術を受けた後、1年半は平穏無事に過ぎました。もうお腹が痛くなることもないだろうと思っていたのに、平成10年に入ってから再び腹痛に悩むことになったのです。

■今回は子宮内膜症の疑いがあると2つの病院で言われたのでした。手術した時、まったくそのような病名を聞かされていなかったので、私はとても驚きましたが、この病気はとてもポピュラーな病気なのだそうです。

■私は自分とは縁があまりない病気と思っていたため、ほとんどこの病気についての知識がありませんでしたので、少しおかしいことでも不安を感じてしまいます。私以外にも、この病気に不安を感じている人、現実に苦しんでいる人がたくさんいるはずだと思います。そこで、あくまでも個人的覚え書きのつもりでしたためていたことでしたが、ここに私の卵巣出血で手術するまでのことと、現在の通院記録などを公開することにしました。




1 お腹が痛い 平成7年1月から

お腹が痛いことなんてなかったのに  子供の頃からお腹が気持ち悪くなったとしても、お腹が痛いという経験はほとんどありませんでした。それが平成7年1月17日、阪神大震災のあった日、転げ回って「痛い痛い」と騒がなければ我慢ができないような猛烈な腹痛と下痢に見舞われたのです。早朝からのたうちまわり、やっと落ち着いてきて午後3時頃テレビをつけたらどのチャンネルも阪神地方の酷い状況を流していました。その時は、まさか婦人科系の病気などとは考えてもみませんでした。亡くなった母は乳癌でしたので、私は自分の胸のしこりの有無にしか関心がありませんでしたから。その後2ヶ月位はこの猛烈な腹痛は起こらなかったと記憶しています。一過性の腸炎なのだろうとその時は思いました。ところが、腹痛とひどい下痢は容赦なく繰り返すようになりました。

二日酔いを紛らわすのと同じ方法 皆さんにも経験あるでしょう。経験のない方には想像が難しいかもしれませんが、二日酔いの時って、「あーーーーっ、くるしいよーーー」など、声を出さないと悪心が我慢できないものです。少なくとも私や私の身内は皆そうです。私の腹痛ものたうちながら、「痛い、痛い、痛い、もう死んだ方がマシッ!」と言わずには我慢できないものでした。だから、よく夫には痛さの実況(?)をしました。普段はあまりボキャブラリが豊富ではないのですが、痛みの形容がとても詳細になっていくのだそうです。国語教師の夫は変なことにこだわって感心します。夫は私の実況がまるで二日酔いの時の自分のようだと思ったそうです。

 基礎体温をつけるのをやめていたし、生理はきっちり28日型だったので、全く婦人科の病気だとは思っていませんでした。大腸の病気ではないかと心配し、腸の検査をしてもらうつもりでした。

 生理痛だけでなく、生理と生理の間のひどい腹痛も婦人科の先生に相談すべきです。「ただの排卵痛だ」と言われようと、やはり婦人科に関係のある痛みにはかわりないのですから。




2 私が苦しんだ症状 

◎内臓をえぐられているような痛みと針で刺されるような痛みにのたうちまわる
  まだ婦人科の病気だと気がつかなかった頃

お腹が痛い、水のような下痢が止まらない__このような状況は1ヶ月に1〜3日、ずっと続きました。
4〜5時間位ずっと症状は悪くなりつづけます。だから、朝、職場で「やばい!来る!絶対に来る!」と確信すると、すぐに年休をもらって家に帰らねばなりません。保健室では休んでいられない理由があるのです。


 
理由その1・・・たいてい学校という所はトイレの壁が薄く(枠木にベニヤを両側から2枚打ち付けたお粗末な壁)、職員用男子トイレの一角が薄いベニヤの壁で仕切られたところが職員用女子トイレなのです。そこで思いっきり用など足すことは不可能ですし、第一「痛い、痛い、いたーいっ!」と大騒ぎしてのたうちまわることもできません。

 
理由その2・・・私の腹痛は初期は腸がキュッと収縮するような痛さでした。それが何度も痛いのを繰り返すうちに症状がだんだんひどくなりました。具体的には下腹部、特に盲腸より少し下の内側が刃物で抉られるような痛みが2〜3分間隔くらいで起こります。同時に下痢も止まりません。本当はお腹が痛くて起きられない位なのに、下痢がひどいため、トイレに行くのです。冷や汗はひどいし、「痛い!死んだ方がまし!」と叫ぶし、他人が見たらまるで昔観た「赤ひげ」で三船敏郎に手術される女のようなのです。あまりに悲惨な、痲酔の効かない手術室のようなので、他の人に見られたくないと正直に思います。
 また、痛みは腹部の激痛だけではありませんでした。胸やあばらの隙間にも針で刺されるようなちくちくした痛みがあります。これは下腹部の痛みに比べたら大して辛くないと感じられました。私は下腹部の痛みと猛烈な水様下痢のことは病院で話すのですが、うっかり針で刺されるような痛みについて言い忘れてしまうのです。実は今回の再発の伏線はここにありました。

 
理由その3・・・保健室には様々な理由でたくさんの生徒がやってきます。そこで私がのたうっていたら、生徒もびっくりするでしょう。また、養護の先生はとても多忙です。保健室でのたうつのは本当に気の毒なので、私は学校で「これはっ!」となったら迷わず家に直行します。


杭がささっている?__排便時は本当に辛いものでした。私の場合、肛門から直腸に杭がささっているような感覚があり、いきむととても直腸が痛くて飛び上がるほどでした。婦人科にもかかっていなかった当時、人にこんなことを言えるわけもなく、まして直腸の検査など、どうして受けることができたでしょうか。1つの救いは、同じ学年を担任していた私より3歳年下の女性が「子宮筋腫で手術することになった」と打ち明けてくれた時のことでした。思い切って私も「直腸が悪いかも・・・」と話したら、彼女から全く同じ症状に悩んでいると言われました。えっ、子宮筋腫もそうなの?杭がささっている感じで苦しむのは婦人科の病気の場合もあるの?と目からウロコが落ちた気がしました。これが平成8年の8月です。彼女は夏に手術を決めて、手術の予約が取れたのが12月だと言っていました。早く婦人科でも診てもらった方がいいよ、とも__私も全くその通り!という気持ちになりました。


お腹がゆさゆさ__胴周りが極端に大きくなり、9号サイズから一気に13号、15号と服を買い替えました。私の洋服ダンスは着られなくなった服で溢れかえりました。ある日、沼津のデパートでスカートを見ていたら、「たいていの働いている妊婦さんは、マタニティドレスではなくて、この手の服を買っていく人が多いですよ」と声をかけられてしまいました。私は憤慨する気は勿論ありませんでした。平成8年に入ってからはどんどんお腹が大きくなって、生徒からも「先生、赤ちゃんできたの?」などと真顔で聞かれていたのですから(でもちっとも生まれないので、これは先生の言っている通り妊娠ではないなと、さすがに生徒も思ったそうです)。そして、平成8年秋には信じられないことに、歩くとお腹がゆさゆさ揺れたのですから。






3 来た、来た、来た!!  バファリンやイブももう効きません


「登校拒否」でしょうか? お腹が痛いというと、私達の世界では「ストレス」「登校拒否」などが原因と考えられます。私の腹痛もストレスが原因ではないかと周囲は考えていたようでした。私と夫は、もっとストレートに「登校拒否」だと思っていました(自己評価低し!)。平成8年の夏には毎月転げ回るような強烈な腹痛と、水下痢が止まらないという事態になりました。(登校拒否の子って、やっぱりこんな風に辛い思いをしているのかしら)と、とんちんかんなことを考えていました。
 平成8年10月に私は修学旅行に行きました。で、やっぱりお腹が痛くなっちゃったんですよね。確かに引率は大変な仕事です。でも、これってホントにストレスが原因かなあ・・・。旅館でのたうちまわりながら私はぼんやり考えていました。
 そして、修学旅行の翌月、平成8年11月19日の朝、私は「来るかも」と夫に言ってから出勤しました。そうしたら、本当に来たんです。1時間めが始まってすぐ、朝8時40分頃にはもう立っていられませんでした。

やっと家に辿り着いて まず最初にしたのはストッキング、下着の類をすべて取って、トイレに走り込むことでした。30分位はトイレと畳を行ったり来りしました。トイレから出ると「痛い、痛い、痛いよーー」と声を出して(二日酔いの時のように声だし作戦で凌ぐしかない)畳を転げ回りました。みるみるお腹がせり出してきて、カエルのようなお腹になりました。近所の内科に出かけたのは、混まないことと、親切な先生に優しく「食べ過ぎですね。下痢止めをだしてあげましょう」と言ってもらいたかったからです。

僕には助けてあげられない レントゲン写真を見ながらあの優しい先生が私にこう言ったのです。「婦人科の大きな病院に行かないといけない。手後れにならないうちに。僕には助けてあげられないよ。ごめんね」と言って、先生はとても気の毒そうに私に心当たりの大きな病院を教えてくれました。救急車でその病院に行こうと言われた時にはすっかり気が動転していました。「夫に連れていってもらいます。痛み止めだけ注射してください」そう言ったことに後悔しました。とにかく注射してもらって家に自分で車を運転して帰りました。

「痛いよー、痛いよー」 夫が帰ってくるまでの数時間は、本当に長かった。もう自分では車も運転できないほどお腹が硬くぱんぱんに張っていました。アパートでひとり、「痛いよー、痛いよー」と大声を出して転げ回っていた私は思い切って夫の職場に電話しました。事務室の方に「久しぶりですね、お元気ですか」と聞かれて、「ええ、お陰さまで」と答えてしまう自分に笑えました。あいにく夫のクラスで問題が起こり、早く帰ってくることができないと言われました。でも、もうひとりで動くこともできないのだから、とにかく夫を待とう・・・






4 さあ、覚悟は決まった_ダンナ、早く病院に連れていって


ダンナが帰ってきた ダンナはへとへとになって帰ってきました。コンビニでお弁当を買ってきてテレビを見ながら夕食を食べていました。私は猛烈に下腹が痛いのに、なぜかお腹が空いているのです。ダンナに少しご飯をわけてもらって食べました。その日は火曜日で「炎のチャレンジャー」なる番組をやっていました。ダンナは「ヒャクマンエン」の虜と化していました。「ひらひらペーパーでヒャクマンは難しい」とか、「だめだーっ」とか「やったーっ」とか大騒ぎしていました。私は救急病院に連れていってほしいと言ったのですが、「沼津は8時半にならないと開かないよ」と暢気に構えています。でも、どうしても我慢できない私は夫を急かし、三島市の夜間救急病院(メディカルセンター)に行ったのでした。

 私は自分がそんなに根に持つ人間だとは思っていませんが、「ダンナを一生恨んでやる。『炎チャレ』をこれからテレビで見るたびに思い出して恨んでやる!!」とすごい形相と振り絞るような声で寝床から夫に凄んだのだそうです。夫は怖くなってすぐに病院に連れていってくれたそうです。それはあんまりよく覚えていませんでしたが、手術して落ち着いてから聞いて「面白い話。うふっ!」というような感じでした。あんまり夫の恐ろしがり方が面白いので、お見舞いに来てくれた人みんなにこの話をしちゃいました。

三島の夜間救急病院にて ここには何度となくお世話になっていましたが、蕁麻疹が全身に初めて出た時に「こんなことで来るなー」というような内容のことを言われて以来、ちょっと苦手な病院でした。この日の当直医は三島社会保険病院の小林先生という女性のお医者さんでした。私を見るなり、自分の病院に連れていって検査をすると言いました。社会保険病院に着くと、先生は検査技師の自宅に電話を入れて病院に来るように連絡していました。この時すでに仰向けになることができない状態になっていました。先生が何とか診察台に私を寝かそうとするのですが、お腹が痛くて、私は「痛いっ!」と先生の手を何度も払い除けてしまいました。元百人一首部顧問の夫がよく話してくれた百人一首の「かるたクイーン」のように、素早く正確な動きで。夫は私のことをこの時以来「かるたクイーン」と呼んでいます。「炎チャレ」の仇をうたれたな。

 小林先生の判断は本当に適切だったと感謝しています。
腹水が溜まっていることも婦人科の重大な病気である可能性があることも先生は話してくださいました。また、この時初めて「腹水」を注射器で抜き取るのも経験しました。腹痛の方がひどくて、長くて太い注射針を刺されても痛くはありませんでした。社会保険病院では婦人科がないので手術できないと言い、小林先生は片端から産婦人科のお医者さんに電話をかけていました。お医者さんたちはなかなかつかまりません。小林先生の必死さから、「手術が怖いなんて言ってはいけない」「手術してくれるところが早く見つかってほしい」と自然と思えてきました。そして、聖隷沼津病院の大橋先生にその電話は繋がり、私は救急車に乗せられて、何と自分の勤務校のすぐ目と鼻の先の聖隷沼津病院に運ばれたのです。救急車には小林先生も一緒に乗ってくださいました。大橋先生に私を引き渡す時、私の足を握って、「頑張ってね」と声をかけてくれました。本当に嬉しく思いました。「さあ、早く切って!」この気持ちで一杯でした。






5 手術しました 平成8年11月19日深夜から20日早朝にかけて


日付けは翌日に 平成8年11月19日(火)の朝9時前に始まった猛烈な腹痛と水下痢は治まらず、三島の社会保険病院から聖隷沼津病院に運ばれたのは深夜。そして手術は日付けが20日(水)になってすぐに始まりました。確か午前1時位だったはずです。残念なことに強い痛み止めを打ってもらっていたため、断片的にしか手術前の検査は覚えていません。気が付いたら手術服を着て台車に乗せられ、大きなエレベーターに入るところでした。そして手術台に自分で乗るのだろうか・・・と考えていたら、台車から薄い板が自動的に出てきて、その板に仰向けに乗り移ると、手術台にさっと降ろされるのでした。まるで、本格的なオーブンでピザを焼くピザ職人の巨大ヘラさばきのように、正確に素早く手術台に乗せられました。手術室にはお医者さんたちがたくさんいるなあと思いました。テレビ番組の手術室のシーンのように、執刀医の大橋先生が「私が手術します」と言うではないですか!!「子宮外妊娠かも知れません」とのことです。私は「お願いします」としか言うことができませんでした。痲酔がかけられ、気が付くと病棟に戻されていました。

腰が痛い、鼻から入れたチューブを取ってもらいたい 手術が終わったよ、と声をかけられて痲酔から醒めました。手術直後の傷は痛かったものの、家で転げ回った痛さと比較するとまだましでした。卵巣から出血していて、お腹に血の固まりがあったからそれを取ったこと、卵巣も悪いところだけ切除したことを夫が教えてくれました。夫は手術の後で先生から手術で取ったレバーのような血の固まりを見せられ、説明を受けたそうです。相当量の固まりがあったらしく、夫は寝不足と疲れと気持ち悪さで真っ青でした。夫は朝5時頃帰宅し、そのまま出勤したようです。本当にご苦労様。私は傷の痛さの他に頭痛、腰痛、鼻から入れたチューブの違和感に苦しんでいました。

卵巣出血と言われて 大橋先生が病室に現れたのは翌日だっとと思います。手術の内容の説明をしてくださいましたが、「卵巣出血」という耳慣れない病名でした。卵巣出血の原因も分からないとのことでした。
入院生活は快適そのものでした。婦人科の手術は「日柄もの」と言われています。本当に日に日によくなるものです。相変わらず「卵巣出血」がどんな病気なのか私はよく分かりませんでした。本にもあまり載っていない病名です。でももうこれで腹痛とはおさらばだ!!ヨカッタヨカッタ。単純にそう考えていました。

しかし、翌平成9年夏には腸の調子が悪くなり、あばらの下もちくちくし始めました。さらに平成10年4月からは腹痛が始まったのです。6月13日にはあの忌まわしい「転げ回って絶叫する痛み」と「水下痢」が復活したのです。
ここからが私の病気の第2章。これからは平成10年〜平成11年の私の腹痛の物語です。






6 平成10年の私

平成8年11月の手術以来、私はすっかり元気になりました。でも翌年の夏には少しお腹が張るようになりました。内科にかかった方がいいと言われ、内科で腸の働きをよくする薬などをもらいました。気にしていたのは私だけでなく、私の同僚の筋腫を手術した彼女も「最近また『杭』の感じがするの」と口にしていました。「これでもう治ったからよかったね」とお互いに言っていたのに。2人とも自分の体の中から発する不穏な動きを口にせずにいられませんでした。私達はさらに翌年の今年(平成10年)に別々の学校に転勤しました。

またお腹が痛い  平成10年に入ってからまた体の不調が続きました。少し重いものを持ったり歩いたりすると、腰がとても痛くなり、座らずにいられませんでした。私達の世界では、3年の担任は2月3月はパラダイスなのです。1月までの忙しさから解放されていたので、腰が痛ければじっと座っていられるので何とかしのぎました。4月に富士宮に転勤になり、慌ただしく4月に入ってから引越しをしてすぐに次の勤務校での仕事は始まりました。4月は毎年体がしんどくて、たまりません。これは誰でも同じです。でも今年はいつもに増して体がしんどかったです。そして、ついに私の腹痛が始まりました。4月は生理痛の重たい時のような痛みで、何とかイブを飲めば我慢できました。ところが、5月は手術する前と全く同じで転げ回って「痛いよー、痛いよー」と言わなければ我慢できない痛みと水下痢が5時間以上も続きました。翌日も腹痛は程度はよくなったのですが、治まりません。そして再び手術してもらった聖隷沼津病院の産婦人科に行きました。その時は「排卵痛が疑われるので様子を見てください」と言われました。でも排卵痛で転げ回るような痛さが5時間から1日半くらい続く人なんているのでしょうか?水下痢が3分おきに5時間以上続く人なんているのでしょうか?同時に肋骨の内側がちくちく痛む人もいるのでしょうか?ほぼ毎月これらのようなことを薬を飲んで我慢して働いている人の話がもし聞けたらいいなあ・・・私の頭の中を様々な考えが巡りました。インターネットで婦人科の病気に罹ったことのある人や、相談にのってくれる人を探しました。

翌月も転げ回る  6月もひどい痛みで転げ回り、私は再び聖隷沼津病院に行きました。前回とは別の先生でした(曜日による当番医制度のため)。卵巣出血の手術に立ち会ってもらった先生だったので、手術の時のカルテを見ながらまず質問されました。「手術の時、内蔵が癒着していると言われたか」、「子宮内膜症と言われなかったか」__私はどちらも言われていませんと答えました。救急車で運ばれて緊急手術だったので、手術前にじっくり診察を受けたこともなかったわけですから。内診は飛び上がるほど痛くてじっとしているのが苦痛でした。子宮も卵巣も異常が見られないそうです。先生は次のような可能性があるとおっしゃいました。1.腸に病気がある 2.腸が癒着している 3.子宮内膜症である  私は子宮内膜症ではないと信じていたので、本当に意外でした。子宮内膜症は実際は開腹か腹腔鏡で調べないと正確な診断はできないそうです。2週間後にまた診察を受けることになりました。

 でも2週間も待っていられません。そこで、セカンドオピニオンを求めて富士宮市立病院に行きました。そこの先生も全く同じことを言いました。また、この病気はポピュラーな病気で対処法はその人によるとも言っていました。その方法は 1.我慢する 2.痛い時だけ鎮痛剤を飲んでやり過ごす 3.治療する(ホルモン療法、手術)の3つあるが、あなたならどの方法をとりたいか・・・。勿論治療してもらいたいと答えると、「心を大きくもって、半年くらい気長にホルモン治療を受けてみたらどうか」と言われました。来週聖隷沼津病院で勧められる治療を受けてみようと私の気持ちは決まりました。






7 治療方針が決まって 7月18日

本を買って読みました 6月に聖隷沼津病院と富士宮市立病院に行ってみて、「子宮内膜症」の名前が出てきたので、子宮内膜症に関する本を読まなくてはと思いました。近所の本屋に行ったところ、生憎在庫がなく、注文になりました。本が手に入ったのは7月16日。聖隷沼津病院の通院が17日だったので、手に入れた本を一所懸命読みました。

 私が買った本は『専門のお医者さんが語るQ&A子宮内膜症』(保健同人社 1311円)という本です。
ホルモン療法で内膜症を小さくしたり消失させたりすることができること、癒着はホルモン療法では治せないこと等病院で聞いたことがちゃんと(当たり前でしょうが)書かれています。私は「腸が癒着しているかもしれない」と言われているので、癒着が主な原因で今回の腹痛が出ているのなら、手術を受けるしかないのかな・・・と本を読んでみて考えました。

また、子宮内膜症には様々なタイプがあることがあらためてよく分かりました。そしてとても「?」と思えることが出てきたのです。私は『卵巣出血』という名前の病気で緊急手術したのですが、それってもしかしたら『卵巣チョコレート膿瘍』ではなかったのかしらということです。そうだとすれば、卵巣からなぜ大量に出血したかの説明もつくはずです。でも私の卵巣出血の原因は解らないと手術してくださった先生は何度も言ってるので、浅はかな素人考えを最も自戒しなければならないでしょう。

数年前から脇腹のちくちくした痛み・下腹部痛・水下痢・排便痛・止まらない咳・背中がしめつけられるような苦しさetc..が同時に現れるのですが、これらは子宮内膜症の症状に合致するのです。実はずっと以前から子宮内膜症だったのではないかと思えてなりません。私はここ数年ずっと咳が止まらなく、ひどい時は4〜5日間気管支炎様の発作のような咳が続くのです。内科にかかって薬をもらったり咳止めの薬を買って飲んだりしましたが、まったくよくならないのです。咳など、まさか婦人科の病気とは関係ないだろうと私は考えていたので、一度も婦人科の診察室では咳が止まらないという話をしたことがありませんでした。先生にいろいろなことを聞いて、面倒だと思われるのもいやなのですが、でも疑問に思うことは聞いてみないといけないと私は思いました。

治療方針が決まった 7月17日、聖隷沼津病院に行きました。前回CA125という血液検査をしたので、その結果を聞きました。私は32でしたので正常の範囲でした(35以下が正常)。また、貧血も今はありません。血液のデータでは悪い要素は全くありません。先生は鎮痛剤で様子を見たらどうかと初めおっしゃいました。ところが、私があることを言ったら先生の気持ちが変わったのです。実は私の前の患者さんは下腹部痛がひどい最中に病院にきた人だったのです。処置室で点滴をしてもらって、車椅子で外来にやってきました。内診室で、その人が「痛い!痛い!」と大声で言っているのがよく聞こえてきました。どうもお腹が痛くて台に横になるのも大変のようでした。

私は先生に「毎月私も同じように『痛い痛い』とのたうちまわっていますが、私は水下痢が止まらないので、本当にひどい症状の時は病院に来ることもできないんです」と言いました。そうしたら、「えっそんなに痛いの?」と先生は驚かれたようです。どんな治療でもいいから痛みが起こらなくすることを私は希望していました。先生は治療をしましょうと返答してくださいました。

治療はまず生理3日目から1日2回ナサニール点鼻薬(GnRHアゴニストの一種、酢酸ナファレリン)を吸入するのを2週間続けることになりました。これは肝臓に負担が大きく、骨密度が小さくなったり、頭重感やのぼせなどが起こりやすい薬なので、少しでも体調が悪ければ使用をやめることを選ぶ等、説明がありました。ひどい痛みや水下痢、咳、脇腹の痛みなどがこの薬で治まれば引き続き薬での治療をするが、それらが治まらなければ外科の先生の協力が必要になるだろうと先生はおっしゃいました。母が乳癌が再発した時に女性ホルモン投与治療を受けて、とても副作用に苦しんでいたのを見ていました。自分の中にホルモンに働き掛ける・ホルモンをコントロールする治療に対するためらいがあったのですが、痛みが起きなくなるかもしれない可能性に賭けてみようと思いました。

「値段の高い薬を使ってもらうので恐縮してしまいますけど、本当に薬が効くといいですね。それを祈りましょう」本当に効いてほしいです。その後肝機能検査を受けました。ホルモン剤を使ってみて、2週間後の7月31日ににまた診察を受
けることになっています。






8 来るかも・・・ 7月21日

こんな風に予感がします 今日は朝8時少し前にお腹が少しひきつる様な感じがしました。お腹もぱんぱんに張っています。こんな時は1時間ほど経つと、ほとんど必ずお腹が痛くなります。ただし、いつもの排卵日の時のとは違い、そんなに痛くはならないだろうということは分かっていました。こんな時は
 
1 出かけるぎりぎりまでトイレにいること
 2 お腹を締めつける格好は絶対しない。ストッキングも不可
 3 イブを必ず持って出かけること

の3つのことに特に注意します。こんな時は下腹がみるみるせり出して、カエルのようになります。また、身体中がむくんで、ゆるい靴下をはいていても、くっきり靴下のしわの跡が足の甲につくほどです。今日は「来るかも・・・」と夫に言って、私は出勤しました。念のために病院でもらった「ボルタレン」を持っているので、危なくなったら飲むぞと思いました。

いつから腹痛は始まったか やっぱり予感通り、お腹に鈍痛がありました。今日は生理周期の28日目、つまり生理痛だと自分では思っています。私は排卵日あたりの『排卵痛』にひどい激痛と下痢が起こり、『生理痛』はまだましです。ただ、今は人と話をすると、決して私は生理痛は軽い方でなく、むしろ重い方だと思えます。「あくまでも排卵時と比べると楽だというだけじゃないの?」と言われてしまいます。

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 私も多くの人と同じように「生理痛は病気ではない」と言われてきました。体育も確か水泳以外は休ませてもらえなかったと記憶しています。どうせ休めないのだから、痛くてもしばらく我慢していれば楽になる、3日目になれば楽になる・・・と自分で自分に言い聞かせてきました。
 昔(中学生から大学生)は私よりもっと生理痛のひどい人が必ず周りにいたので、自分の生理痛は軽い方だと思っていました。ただ、出血量が多くて、昔からレバーのような固まりが出てきました。
 働き始めてからは仕事がきつくて、生理もとても重くなりました。私は英語科の教諭なので、2週間おきにテスト作成・採点・成績処理の仕事をこなし、授業用のプリントを作り、部活動は夜7時過ぎまで、家に仕事を持ち帰り夜中まで仕事をする・・・こんな生活を大学を卒業してすぐに始めたのです。
 ただ、最初に悪くなったのは肝臓でした。とにかく肝臓にいいという事は何でもしてみました。しじみの味噌汁を毎朝飲んだり、高タンパク低カロリーの食事を続けました。肝臓がよくなるまでに3年以上もかかりました。不思議に肝臓が悪かった頃は生理痛のことなどすっかり忘れていました。
 生理痛が気になりだしたのは、群馬県から静岡県に帰ってきて、結婚してからです。「若い頃は生理が不順だから生理痛もあるけれど、大人になればみんな生理痛はなくなる」と信じていたのに、歳をとる度に辛くなり、気がついたら、生理痛だけでなく、生理と生理の間にもひどい腹痛がくるようになったのです。30歳を過ぎた頃でした。






9 今困っていること 7月28日ナサニール開始5日目 むくみはつらい

私ってこんなブーちゃんだったっけ? 最近とても辛いことがあります。本当は最近に始まったことではないのですが、どんどん太ってしまうことです。我が家の洋服ダンスは9号から15号(つひにここまで、嗚呼!!)までぎっしり服がかかっています。平成7年の腹痛とともにブーちゃん化が始まりました。先日夫が泊まりの出張の時、お腹が痛くなったすぐ後だったので実家の弟にうちに来てもらいました。ヨウムのようちゃん見たさに、父も一緒にうちまでやって来ました。私は少しでも「細く見える服」で2人を迎えました。しかし、父は私を見るなり「なんだー、その太り方は!!病的だぞ!!」と大声で言ったのです。え〜、病的〜??私はその一言にとてもショックを受けました。亡くなった母は癌が再発した時に女性ホルモンの投与治療を受け、その時病的な太り方をしたのです。だから父は私の体型の変化に心を痛めたようでした。父のあまりの嘆きに私もしゅんとしてしまいました。弟は「むくみがひどいよ。脚を圧すと凹むんじゃないの?」と言いました。確かに足の甲には靴下のしわの跡がくっきり付くくらいひどく浮腫んでいました。

『むくみ』はつらい この10年間、私の体型は目まぐるしく変わりました。87年に肝臓で入院した時、腎盂炎も併発して物凄くむくんだ姿になりました。その後体型は元に戻りましたが、90年頃からいつもお腹が空いてたくさんご飯を食べるのにどんどん痩せていくようになりました。甲状腺機能亢進症だとわかり、薬で治療してまた元の体型に戻りました。そして95年頃からお腹が痛いのと併せて太りだしました。96年(平成8年)に手術する直前はお腹がゆさゆさしてました。手術した時にはたっぷりと腹水が溜まっていたそうですから、お腹だってゆさゆさして当然だったでしょう。

 でも、当時私が一番辛かったのは、長時間歩くと浮腫んでぱんぱんになった
脚のスネの皮膚に薄くヒビが入り、いつまでもそのひび割れが治らなかったことです。極細の赤い亀裂がスネにたくさんできました。「脚にヒビのはいる女房」に夫はえらいこと動揺していました。(脚の)肌が一見透き通るほど綺麗に見えるのですが、脚の皮膚が物凄く薄くなっているので、どしどし歩くとマスクメロンのようなヒビが入ってしまうのです。同時に腰痛や脚のだるさにも悩みました。今はヨウムを飼っていて、あまり遠出して歩き回るようなことをしないので、このようなことがないのですが、きっと今でも長時間歩けば脚にヒビが入ることでしょう。ネットで「むくみ」や「脚のヒビ」等のキーワードで検索をかけるのですが、まったくこのような症状について資料を見つけることができません。

 今も「むくみ」は治っていません。どうしてむくんでいるのか原因も自分ではわかりません。先日義母が見るに見かねて「ゲンノショウコ」の入ったお茶を持たせてくれました。だいぶ利尿効果があるようです(いやぁ、15分おきにトイレ通いは大変です)。少しはむくみも取れるといいのですが。1ヶ月ほどしたら「ゲンノショウコ」のレポートはお伝えできると思います。






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0 ナサニール開始1週間 7月30日 ひどい頭痛と肩こりと出血が起こる

割れるほど頭が痛い。イブも効かない 昨日、7月29日は朝起きた時からひどく頭痛がしました。私は子供の頃から頭痛がよく起きる方だったので、頭痛には慣れていて、我慢するより薬で早く痛みを取った方がいいと考えるタイプです。ただ、起床時からの頭痛は丸一日ひどい痛みが続き、状態が悪化する一方で、薬もあまり効かないのもよくわかっています。でも、今日はどうしても学校に行かなければならないので、とりあえずイブを飲みました。でも一向に薬は効きません。昼食後にもイブを飲みましたが全く効き目がありません。頭痛・肩こり・背中が詰まるような苦しさがひどくて、とても仕事をする気になれません。私の頭痛は高校生からひどくなりました。肩こりと頭痛と吐き気、寒気、下痢が連動しているのです。だから、具合が悪くなると、とにかく誰か家族に肩と首・背中をずっとぐいぐいマッサージしてもらわないと「行くところまで行く」のです。そうやって血液の流れをよくしてからアンメルツなどを塗り、頭痛薬を飲んでいました。

■昨日は朝・昼とイブを服用したにも関わらず、やはり頑固な頭痛は治りませんでした。それどころかひどくなる一方の頭痛、肩こり、背中の重苦しさにすっかり閉口しました。夫にマッサージしてもらい、塗り薬をつけて夕食の支度にとりかかりました。

や頭痛がひどくても、お腹はきちんと空いてしまう私は昨日も物凄くお腹が空いていました。「頭が痛いよ〜」と声に出して痛みをやり過ごす「声だし作戦」を貫いて、なんとかご飯の支度をして、ようやく夕食までこぎつけました。ところが、食事を始めたら急に起きていられないほど頭痛がひどくなったのです。同時に汗がだらだら流れだし、体が急に熱くなって堪りませんでした。お腹をグーグー言わせて私はその場で横になりました。病院からもらったボルタレンを飲んで効き目が出るまで40分ほどかかりました。ただ、完全に頭痛は治まらず、頭を左右に振るとこめかみから後頭部にかけて痛みますし、後頭部はぼーっと痺れるような感じがします(一日経った今もそうです)。昨日は頭痛の他にドキッとするようなことが起こりました。

薬が効いて来たのでしょうか… 昨日は生理周期の8日め、ナサニールを生理周期3日めから使い始めたので、ナサニール開始6日目でした。昨日の昼頃、「んっ?」という感じでトイレに行ってみたら、生理の3日目位の出血がありました。半日ずっと出血がありました。固まり様のものも見られました。先日購入した本(「専門のお医者さんが語るQ&A 子宮内膜症」 保健同人社)によると、ナサニールの働きと心配される副作用は次の通りです。


▼ナサニール(GnRHアゴニストの一種)は非常に強力なGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)です。従って、投与初期にはGnRHアゴニストがGnRHリセプターを占拠して強力に刺激するため、一過性にゴナドトロピンの分泌が亢進します。この現象をフレアアップ現象と呼びます。しかし、GnRHアゴニストの投与を続けるとリセプターが減少していき、反応量、すなわちゴナドトロピンの分泌が低下します。この現象をダウンレギュレーションと呼びます。(pp.59)…▼

▼ゴナドトロピンの分泌が低下すると、卵巣における卵胞の発育が起こらなくなり、その結果、エストロゲンやプロゲステロンの分泌が極端に低下します。・・・GnRHアゴニストによってもたらされる低エストロゲンの状態は閉経後の女性のホルモン環境に似ているため、GnRHアゴニスト療法のことを偽閉経療法と呼ぶこともあります。…(pp.58)▼

▼GnRHアゴニストの副作用は治療にともなう低エストロゲン状態によるもので、いわゆる更年期障害と呼ばれるものです。主な副作用として、一過性の子宮出血(25〜81%)、のぼせ(19〜100%)、膣分泌物の減少(17〜69%)、性欲低下(40%)、乳房の痛み(18〜40%)、嗅覚異常(0〜75%)、精神的抑うつ感(38〜75%)、倦怠感(19〜25%)などがあげられます。…(pp.121)▼

子宮出血が起きたということはナサニールが効いてきたということなのでしょう。それにしても「更年期障害」は辛いとよく聞きますが、昨日の夕食時の急な発汗もこれらの症状のひとつだったのでしょう(急に暑くて暑くて、堪らなくなりました)。これからはこれらの症状についてもレポートします。






11 副作用が続く 8月8日 頭痛・肩こり・出血・浮腫・腹痛・湿疹etc

痛み止めが手放せない 部活動の合宿も終わりました。でも13日・20日・22日・23日に公式戦があるので、やすめませーん(; ;)。今日はナサニールを開始して16日め。ナサニールは2週間分が1本のスプレーになっているので、もう2本目の封をあけました。この薬を使ってみて、いろいろな副作用らしきことがおこります。

▼その1 前回にも書いた通り、
割れるほど頭が痛くて仕方ない日々がつづいています。病院で出してもらった「ボルタレン」はあと2回分しかないので、何とかイブでしのいでいますが、1日3回も服用して、まだ足りないくらいです。

▼その2 
背中の痛みや肩こりもひどく、マッサージしてくれる夫の指がボキボキ鳴ってしまうほど、上半身はカチンカチンです。常にふくらはぎも筋肉痛状態です。また、「中山式快癒器」「脚枕」「バンテリン」は寝る時の必需品です。

▼その3 
子宮出血がナサニール開始後6日目から11日目まで、6日間続きました。出血は少ないのですが、だらだらと続きました。気になるのは、血液だけでなく、プラスチックの細い糸状のものが下りてくることです。これって何でしょう?

▼その4 相変わらず
浮腫もひどくて、スネを圧すと凹んだままの状態が少し続きます。先日フローリングの床に横になって30分ほど寝たら、体の下になっていた左腕が半日以上むくんだままでした。私は運動部の副顧問で体育館にずっといるので、大汗をかきますが、それにしても尿量が少なくなった気がします。

▼その5 両手の
指の関節が痛みます。特に両手の薬指が、突き指した時のような状態です。これは1日のうちで痛い時と痛くない時があるので不思議です。こんなのは副作用ではないかも知れませんが、昨日からこうなりました。

▼その6 太ももにできていたあせもor
湿疹(?)が悪化して、今とても怖い状態です。皮膚がカサカサになって、湿疹が大きく一つに固まってしまいました。夫は無責任にも「糖尿の人はよく湿疹が治らないって言うよ」と宣うので、心配になりました。え〜、私って糖尿かもしれない??そこで7月31日の通院の時、先生に「湿疹が治らないんですけど、糖尿の気があるのでしょうか?」と聞いたら、「血液検査しているけど、全くその心配はいりません」とのことでした。

▼その7 やっぱり出ました。
腹痛です。腹痛は出血の治まった翌日から起こりました。8月4日から今日まで5日間腹痛はあります。8月4日は生理周期の14日目。生理は止まっているはずですが、排卵日あたり。ただし、腹痛は先月までのを10とすると、0.5くらいです。痛み自体は小さいので平気ですが、左の下腹、右の下腹、みぞおち、肋骨の間等々いろんなところが痛みます。また、お腹もカエルのように大きく膨らんでいます。

▼その8 突然
「ほてり」が来ます。汗で髪はぐちゃぐちゃになるし、着ているものの汗染みはすごいしで憂鬱です。


先日ある方からメールをいただきました。その中で「界面活性剤」が内膜症の原因になり得るらしいとあり、大変だと思いました。界面活性剤は台所洗剤にもシャンプーにも含まれています。また、化粧品にも使われています。水と油をつなぐという性質があるため、油汚れ(お肌の脂汚れもそうです)をよく落とすのです。私など、台所洗剤の原液で手を洗ってしまったりする横着者なので、どきっとしました。その方は生活クラブ生協の液体せっけん・せっけんシャンプーを使っているそうです。私もその方を見習って、生協のせっけんやシャンプーを買ってみようと思います。界面活性剤の毒性については『毒味シュラン』(東邦出版 越楠誠人)などにも書かれています。

今突然思い出したことがあります。イギリスにホームステイした時、大抵のイギリス人は流し台のシンクに栓をして台所洗剤を入れて水道の水を勢い良く出して泡立たせた中に食器を入れて洗うのです。スポンジを使って洗剤の水溶液で食器をよくこするのですが、決して彼らは水で食器をすすぎません。洗剤の水溶液がついたまま布巾で拭いて、そのまま食器棚に食器をしまうのです。台所洗剤には「rinseless」の表示がありました。本当にリンスレス(すすぎいらず)でOKなのでしょうか?そして、これは私のホストファミリーだけかもしれませんが、お風呂も全く同じです。浴槽を使う時は、ボディシャンプーを入れた泡立つ浴槽にはいり、そのままバスタオルで体を拭いて出てくるよと言われました。う〜ん。別に他所の国の人たちのやることを批判するつもりはないのですけれど、少し怖い行為ですよね。






12 排便痛が始まる 8月14日 トイレに行くのが憂鬱

辛いぞ!トイレにまつわるエトセトラ 
◆その1 薬の治療を始めるずっと以前から、手足どころか全身が浮腫んでいて、体が重苦しく、辛い思いをしています。特にお腹はカエルのように大きくなっていて、見た目も極めてよろしくありません。ところで、先々週から「尿意はあるが、あまり尿がでない」という状態で困っています。私は結婚する数年前(平成4年頃)からトイレが近くなっていました。いわゆる『頻尿』という症状です。でもしょっちゅうトイレに通う割にはおしっこが出ないのです。平成8年、手術する頃は30分おきにトイレに行きたくなって、授業中に「わざと用事を思い出し」ては、トイレに行ったものです。術後、しばらく頻尿はおさまっていました。ところが、この夏にまたぶり返してしまいました。義母が持たせてくれた「ゲンノショウコ」の入ったお茶を飲むと、結構な量のおしっこが出るのですが、何せ、そんなに大量にお茶を飲めるわけではありませんし、仕事中に15分おきにトイレに通うのも具合がわるいことです。15分おきにトイレに通ってでも尿意と浮腫を解消したい、でも15分おきでは仕事にならない・・・嗚呼、ジレンマに陥ってしまいます。

◆その2 「ついに」と言うべきか、排便痛が出てきました。8月9日(日)から、辛いものを食べたわけでもないのに、とにかくトイレに行ってみたら「灼けつくような」痛さなのです。肛門に、バンテリンが付いた手指をうっかりくっ付けてしまったかのようなビリビリした痛みです。そして微かに奥の方も痛いのです。また、便も細くなっています。おそるおそる夫に現状を話したら、夫も排便痛が婦人科の病気に多い症状だと知っているので、早く病院に行けと言います。ただ、今回はやけに奥の方よりも肛門自体が痛いので薬を買って使ってみて、様子を見ようと思いました。
 前回の手術の前の排便痛はとても辛いものでした。
 今思い付くその時の症状は:

1 トイレに行くと、肛門から杭が刺さっているような感覚がありました。お腹に力が入るときりきりと痛みがお腹の方にも突き上げてきて、なかなか排便する勇気が出ませんでした。
2 トイレに通ううちに、腰痛が起こることに気付きました。排便しようとすると腰も痛くなってくるのです。
3 さらに下血するようになり、痔か直腸に何かできているのではないかと、とても心配しました。何回にも分けて用を足さないとならないのがとても大変でした。
4 便が細くなり、少量ずつしか排便できない。
5 排便したくなると、あばらの下がチクチクするようになる。


私にとって、「排便痛」については躊躇なしに人に話せないことでした。また、「排便痛」は腹痛と同じように、「どのような痛さなのか」を言葉で表すのが難しく、なかなかお医者さんにもうまく話せませんでした。『痛みの形容』のサンプルが各病院にあるといいと思います。例えば「キリキリ・チクチク・ビリビリetc」というようにいっぱい痛みを表す言葉が表になっているような簡単なものでもいいのです。外来の待ち時間にサンプルを見ながらお医者さんに話す内容をまとめることができれば、長い待ち時間も有効に使えるのですが。

■今週読んだ本■
「環境ホルモン入門」新潮社 東京大学教養学部立花隆ゼミ
 いろいろな方から界面活性剤やダイオキシン、ポリ塩化ビフェニール等のいわゆる「環境ホルモン」が子宮内膜症の原因にもなり得ると教えていただきました。
 昨年は全国の公立学校の「小型焼却炉」が閉鎖になりましたが、ダイオキシンと言えば、やはりこの「小型焼却炉」の問題がよくとりあげられます。私は学校に勤めているので、昨年の夏近くまですぐ身近に「小型焼却炉」がありました。焼却炉からでる煙や灰どころか、自分でよく焼却炉にゴミを燃やしに行きました。

学校で出るゴミは本当は家庭に持ち帰って処分すべきものがほとんどです。何でも学校のゴミ箱に捨ててしまう(毎年3月には大量の印刷物、ノート、教科書、辞書、スリッパ、運動靴、体育着がゴミ箱に入れられます。しかも、ほとんどが無記名なのです。ひどいものは、清掃用具入れなどに「さりげなく」隠してあったりするのです)ので、やはり学校では焼却能力の高い「小型焼却炉」を持たざるを得ませんでした。学校だけが「小型焼却炉」について悪者だとは言えないというのが現場に勤める者の率直な感想です。

から焼却炉がなくなったものの、あまり生徒の「ゴミの出し方」は改まっているとはいえません。『環境ホルモン入門』は少し「?」な部分もあるのですが(「キレる」現象と環境ホルモン)、高校生には是非読んでもらいたい本だと思います。『なぜ、学校の焼却炉が必要だったのか←学校から大量のゴミがでるので』『なぜ学校にそんなに大量のゴミがでるのだろうか』『ゴミ処理のリスク』『どのようにしたらゴミ処理のリスクを減らすことができるか』等、読んで考えて互いに話題にしてくれるといいと思うのですが。






13 ナサニール開始4週間8月25日

副作用は出尽くしたか?

8月21日(金)は私がナサニールを開始して4週間目でした。ちょうど通院日になっていたので、午後から病院に出かけました。4週間使ってみてどうですかと先生に聞かれましたので、頭痛・ほてり・発汗・尿量の減少・背中の痛みと肩こり、そして腹痛と排便痛と排尿痛があると言いました。排便痛と排尿痛の話になったら、先生が「えっ?」と言って、カルテの前の方を見始めました。 「手術した時に『癒着してる』って言われましたっけ?」_先生は再度私にこう尋ねました。「いいえ、その時は言われていません」_先生、しばし沈黙。「開腹手術しているから癒着もあるでしょうね。頭痛なんかの症状は我慢できないくらいひどいですか?」_薬を飲めば大丈夫だと答えると、ナサニールの3本目を処方しましょうと先生はおっしゃいました。


先週は排便痛に加え、排尿痛が出てきました。腰痛とふくらはぎの筋肉痛がひどくなりました。

■まず排便痛ですが、トイレでいきむと肛門から胸・頭や顎に向けて瞬間的に「チクッ」と極々細くて長い針が刺されたような感覚があります。それから、さらにトイレで頑張ろうとすると肛門から直腸に向かって細い杭が刺されるような痛みがあります。特に便秘だというわけではありません。むしろ便は細くて、それほど排便困難な様子を呈しているわけではないのです。うちのトイレは洋式シャワー機能付きなので、和式トイレよりも楽なのですが、それでもトイレは憂鬱です。

■そして排尿痛ですが、これは排尿困難と呼ぶべきかもしれません。まず、おしっこの量が少なく、トイレに行きたいと思う割には尿量が少なくて何度もトイレに行ってみるような感じです。本当に尿量が少ないのかは計量していないので、「少ない感じがする」だけかもしれません。でも、すごく朝トイレに行きたくて目が覚めても、拍子抜けするほどの少量なのです。しばらく「ジャーッ」というのはありません。そして、おしっこをしている間、盲腸の丁度反対側、下腹部の左側が微かに痛いのです。これは洋式トイレで用を足している時にしか感じません。

■床に直に座っている時、立ち上がると腰が痛くて、何と腰が曲がっています。そしてちょっと歩くとだんだん腰がのびるのですが、毎回立ち上がる時にこれでは厭になります。椅子を使うべきか検討中です。

■下肢痛ですが、常にふくらはぎが筋肉痛の状態がもうずっと続いています。これはナサニールを使う以前からのことなので、もうかれこれ3ヶ月近くこの状態です。この痛みも腰痛と同じように少し歩き始めると痛みが和らぎます。でも、座っていて立ち上がると、もうふくらはぎが痛いのには閉口
します。

残暑お見舞い申し上げます
仕事では毎日エアコン無しの環境にいなければならないことが多く、この歳であせもに悩まされています。閉め切った体育館は一体何度位になっているのでしょうか。人間の順応力はすごい!だってすっかり閉め切った真夏の体育館に何時間いても平気な体になってしまいました。ますます他人からは「健康」そうに見えてるくせに、「お腹が痛いよ〜」なんて言っている本当の自分とのギャップが大きくなってしまう!!ちなみに我が家ではヨウムのことを気遣ってエアコンはいつも「ドライ28度〜30度」に設定してあります。暑がりの夫もあまり低温に設定しなくても我慢できるようになりました。平成11年8月25日記







14 腰痛と肩の痛み9月9日

咳が止まった_この7週間、咳止め薬と風邪薬を服用せず。一段と背中の痛み・腰痛・肩の痛みがひどくなった


ナサニールを使って7週目になりました。この薬を使ってからひどい腹痛が治まったのはもちろん、あれだけ頑固で、ほぼ4年間毎日飲み続けた風邪薬と咳止めの薬を1度も飲みませんでした。咳をしていたせいで息苦しさをよく感じていたのですが、それも今はすっかり解消しました。

9月に入り、朝5時半に起床して7時15分に出勤し、7時近くに帰宅の日々が始まりました。今とても不快に感じることを挙げるとするなら、肩や背中の痛みと腰痛
でしょう。

まず、背中の痛みですが、熟睡して目が覚めると、背中が固くなり、筋肉痛とも関節痛とも分からない痛みに悩まされます。目が覚めてしばらくすると大分痛みは治まるのですが、それでも夫に朝から背中を揉んでもらわなければ我慢できないことが度々あります。背中は『背中が詰まる』ような感じと言えば理解してもらえるのではないでしょうか。また、全身の痛みはバイクで転んで、体を路面に打ち付けた時、翌朝目が覚めたら全身が物凄く痛かったという経験が私にはあるのですが、まさにその痛みなのです。8月中旬まではひどい頭痛に悩まされましたが、今は身体中の痛みがひどくて毎日痛み止めを服用しています。

そして肩ですが、肩こりは昔からありますが、それ以外に両方の肩の周りが何かすっきりしません。腕をぐるりと回すような動作をすると、筋肉痛が治り欠けている時のけだるいような感覚があります。畳に横向きに寝てしまって、下になっていた肩がとても痛くなった経験はありませんか?その肩の痛みがが治っても、何となく肩が「もあ」っとしていることがありませんか?今、その「もあ」っとした状態なのです。さらに不用意に棚の上の物を取ろうと手を伸ばしたりすると、鋭い痛みが瞬間的に走ったりもするのです。だから、手を上に伸ばす時は、上に挙げたい手の肩に反対側の手を置いて、ゆっくり手を伸ばすことにしています。職場の年輩の方に聞いてみたら、やはり「五十肩かなぁ」との返事が。が〜〜〜ん!さらに、突然顔がカッカとして汗がどっと出て困るという症状も困りものです。特に食事をし始めると顔中が汗・汗・汗。

さらに、私は9月に入って腰痛がひどくなりました。同じ姿勢で座っていて、いざ立ち上がろうとすると、ひどい腰痛が起こります。そして少し腰が曲がるような気がします。少し歩き始めると腰が伸びるようです。職場では一日に何度も『腰痛体操』
をしてしのいでいます。

今日、職場でこんな話を聞きました。その人の従姉妹の話なのですが、子宮内膜症で点鼻スプレーでの治療をしてその後妊娠・出産したそうです。内膜症が治まったと思ったら、「末端肥大症(とその人が言っていました)」のようになってしまい、手や足がとても大きくなってしまったそうです。従姉妹はすぐに頭部を手術。その後、体からナトリウムがどんどん出てしまう症状が起こって、現在はナトリウムを定期的に点滴してもらっているそうです。治療を受けている本人から聞いている訳ではないので、正確でない部分もあるでしょうが、『アゴニスト』は脳下垂体に働き掛けるホルモン剤なので、このようなこともあるのでしょう。「頭部の手術」と聞いただけで、とても恐ろしい気がします。内膜症の治療のはずが、様々なところに影響をもたらすことになるのですから。







15 お腹が張る 9月23日 ナサニール開始2ヶ月。体調はまずまず

ナサニールを使い始めたのは7月24日でしたので、今日は丁度2ヶ月目となります。最近は咳も全く出ず、1年中風邪をひいていたような体調の悪さは全くありません。それだけでも感動ものです。咳や微熱による消耗は思いのほか身体に負担になっていました。

1週間前、軽い風邪をひいてしまったらしく、久し振りに発熱・喉の痛み・頭痛がありました。でも昼寝をしたらすっかり元気。風邪らしき症状もあっさり治まってしまいました。本当は私って風邪にも強いのかしら。ただ、いただけないのはお腹が痛くなる・出血があるといったことでしょう。出血は9月15日から18日にかけて少量ですがありました。4日も続くことは今までなかったので、少々心配しました。18日は丁度通院日だったので先生に尋ねたところ、「ナサニールを使っていると1〜2ヶ月位は時々出血することがある」とのことでした。私は今の治療でかなり症状がやわらいでいるので、もうしばらくは投薬をしてもらうことに決まりました。ひどい腹痛と水下痢が5〜6時間も続くことと比べたら、肩こりや腰痛、背中の痛み、ほてりは何とかしのげます。

今ちょっと気持ち悪いのは「お腹が張る」「下痢をする」ということでしょう。お腹はいつも大きくて、見た目も悪いのですが、お腹の中が発酵してそうです。グルグル鳴ったり、下痢をしたりします。それも朝出勤前にお腹が張ってくるので、夫に「学校に行くのがイヤなんじゃないの?」などと、真実を突かれてしまいます。まあ、それはいつもの冗談として、偶然なのか、本来の排卵の時期や生理になるはずの期間にこのお腹の不調が現われます。これは生理周期(排卵)と連動しているんでしょうか?念の為に基礎体温をつけているのですが、低温が続いているので、排卵は起こっていないと思うのですが。

台風が2週間続けてやってきて、台風の後の蒸し暑さには閉口します。特に私達の職場はエアコンなし、団扇などで煽ぎながらの仕事も御法度という場所ですので、今の私にはとても辛いです。朝のうちはまだ涼しい・・・らしいんですが、私ひとりで大汗をかいてグッタリしてしまいます。長袖のシャツを着ている人が多いですが、とてもとても長袖など着られません。汗・汗・汗・汗。以前は夏が大好き、冬は寒いからイヤという方でしたが、今はまったく反対です。エアコンをかけている自宅でさえも、食事の支度をしては大汗、食べては大汗、ちょっと片付けものをしては大汗・・・と、一日に何度も着替えをする必要があります。テレビを観ては天気予報の最高気温に一喜一憂。暑いこと・・・精神的に少しだけ負担です。




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