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国語表現用および小論文指導用プリント例である。一枚を一時間の予定で行い、プリントの説明と構成のメモ書き、そして練習問題を書かせて回収。簡単に添削し、返却した。二時間目の練習問題中に、一時間目の練習問題の添削をすることも可能。


小論文用プリント 1

・小論文や作文は苦手だ、と言う者は以外と多い。とにかくきちんとした文章を書くことに対して苦手意識を持つ者の多さは、目に余る。その反面、多くの高校生は、友達とおしゃべりをすることを好む。「書くこと」も「しゃべること」もどちらも思ったことや考えたことを相手に伝えるコミュニケーションにしか過ぎないのに、なぜ、「書くこと」が嫌われるのだろうか。字が下手だから、とか、書けない漢字が多いから、という理由もあるだろう。

 だが、最大の原因は、単なる練習不足でしかない。そこで、この講座では、「小論文」をタイプ別に、攻略してゆく。小論文のタイプを以下の4タイプに分ける。1 自分自身を語るもの,2 身近なテーマ,3 抽象的なテーマ,4 資料読解が必要なもの。それでは、まず1の解説を始めよう。

1 自分自身を語ることを要求された場合

 自分を語ることを出題された時に君たちはどうしたらよいのか。例えば、「私の将来」などを出題された時を例に取る。まず、自分自身に対して、さまざまな質問をしてみる。

ア 「自分は何になりたいのか」・これが明確ならば、書く内容はもう困ることはない。なりたいものを明確にし、動機、きっかけ、努力目標、心構えを書くだけだ。

イ 「自分は何に向いているのか」・自分の長所、短所、趣味、特技などを考えた上で、目標を定め、それに対する努力目標、心構えを書けばよろしい。

ウ 「自分の将来は考えたこともない」・これは、もっともいけない。考えたことがないから、これからがんばって考えていきたい、などと言うのは単なる逃げにすぎない。小論文というのは、面接と同様の要素を持っており、「人生に対する前向きの姿勢」が要求される。出題に対して、前向きの考えを述べなければいけないものなのだ。将来に対する希望もない者を、大学が積極的に取りたがるはずもない。

※ここで重要なのは、小論文を通して君たちは、「前向きの姿勢」を見せなければならないということだ。多少はハッタリでもいい。「自分は人生を積極的に生きてゆくんだ」という姿勢を強く打ち出すこと。小論文の出題は、なかなか予測しがたいものだが、どのような出題に対しても、絶対に逃げてはいけない。繰り返すが、ハッタリをかますくらいの前向きの姿勢が必要だ。

<練習問題>「私の尊敬する人」について述べよ(300字)

・ポイント

A 尊敬する人は誰か

B その人のことで印象に残っているできごとを思い出す

C その人のどんな点を尊敬できるのか

D その人にあって「私」にない点はどんな点か

E 今後、「私」はどういう人間になりたいと思うのか

※この小論文では、「尊敬する人」の説明で終わってはいけない。一番君たちが書かねばならないことは、その人を通して、君はどう考え、どう影響され、どう変わったのかということなのだ。小論文と、単なる作文の違いはここにある。作文は、単に出来事や感じたことを書けばよいのだが、小論文とは、君たちが考えたことを書くことに意義がある。

 また、漠然と頭の中で構成を考えてもうまくいかないことが多い。A〜Eのようにポイントをメモ程度で記してから、書き始めたほうが、絶対にうまくいくはずだ。


小論文用プリント 2

・前回の講義では小論文をタイプ分けし、その中の、1 自分自身を語るもの、について勉強していった。そして、具体的に「私の尊敬する人」について小論文を書いてみた。その上で、幾つか注意点を上げてみる。

・まず、「尊敬する人」は誰であるかを書くべきだが、これはもちろん誰でもよい。ただし、ここでは、なるべく具体的な人物を上げるべきだ。それは、なるべく具体的にその人の人柄を書くために、その方が書きやすいからだ。単に「りっぱな人」「勇気のある人」という漠然としたイメージでは、読み手に訴えかける力が弱い。

・そして、その人をできるだけ具体化する。そのために、「印象に残っているできごと」や「その人のどんな点を尊敬しているのか」ということを書く必要がある。こうすることによって、その人の全体像がはっきりしてくる。

・そして、ここからが重要なのだが、今度は自分のことを書いてゆく。「その人にあり、私にはない点」を書くことによって、おそらく、「自分もその人と同じようになりたい」という気持ちが起こるはずだ。その思いを率直に書き記せばよいのだ。できれば、そのためには、どのようにするべきかという点にまで書き及ぶことができればなおよい。

・結局のところ、「私の尊敬する人」の説明で終わってしまってはならない。この小論文の中心は、あなたの向上心の有無を問うているのだ。あなたの向上心(より自分を高めてゆこうとする意志)を具体的に書くことができれば、それはよい評価を得るし、「私の尊敬する人」の説明で終わってしまったら、それは話にならない評価しか得られないことだろう。

さて、前回、小論文のタイプを4タイプに分類した。1 自分自身を語るもの,2 身近なテーマについて,3 抽象的なテーマ,4 資料読解を必要とするもの である。前回練習問題で扱った「私の尊敬する人」は1に該当するのだが、今回は、2 身近なテーマについて勉強してゆく。

2 身近なテーマを出題された場合

・身近なテーマを出題された場合、自分の日頃の生活を振り返り具体的にテーマを捕らえ社会的な面にまで考えを広げるという姿勢が必要である。また、身近な具体的なテーマを書く場合、忘れてはならないことは、「プラス面とマイナス面を踏まえて意見を述べる」という姿勢である。君たちはそのテーマを肯定的な立場で捕らえてもいいし、否定的な立場で捕らえてもよい。ただし、そのテーマのプラス面とマイナス面の両方を知った上で君たちの立場は作られているのだということは落としてはいけない。

・基本的に構成はこうするべきだ。

A 自分のまわりを見回し、テーマを具体化する。B プラスの面を考える。C マイナスの面を考える。D 社会的な視点から考える。E 自分は肯定的立場に立つのか否定的立場に立つのかを明確にしてまとめる

<練習問題>「流行」について述べよ(300字)

・ポイント

1 自分の周りを見回し、流行と言えるものにはどういうものがあるか

2 なぜ私たちは流行を追うのだろうか

3 流行を追うことのプラス面

4 流行を追うことのマイナス面

5 流行が流行る社会的背景について考えてみよう

6 流行に対して、どういう態度で接したらいいのか、考えてみよう

※この小論文で難しいのは「社会的な視点」である。社会的な視野とは、新聞や雑誌で取り上げられてきたことに結びつけたり、諸外国との比較などである。「流行」だったならば、経済性の面や、個性尊重の時代であること、などがそれに当たろうか。


小論文用プリント 3

・前回の講義では「身近なテーマ」について、勉強していった。ここでの一番重要なこととしては、問題意識の有無が試されているのだということだ。君たちは日常生活をどのように生きているのだろうか。「まア、とりあえず楽しけりゃいいや」などという消極的な、なげやりな生き方をしていないかどうかが、この問題で試されているのだ。大学が欲しい人材は、積極的で前向きで、向上心がある人間である。そのような人間は、必ず、身近な問題や自分の生き方に対して客観的な批判精神があるものだ。逆に言えば、身近な問題について全く考えたことのない人間や、自分の生き方に反省のない人間は、この小論文を読めば、一発で分かってしまう。君たちは、面接の時には前向きの人間であることをアピールするかもしれないが、小論文の時にも、前向きで、積極的な人間であることを、文章でアピールしなければならない。

・批判精神を持つということは、対象を何も考えずに受け入れるのではなく、対象のプラスの面とマイナスの面をしっかり捕らえた上で、受け入れるということである。また、それは感情(好き嫌い)に左右されるものではなく、論理で判断されたものである必要がある。

・ここで、できれば、〔社会的な視点〕を、君たちが持っていることをアピールしておきたい。君たちの頭だけではなく、マスコミでは、大人は、知識人は、このように言っているから、私はこう考えるのだという証拠を出したいところだ。また、「私は狭い生き方をしているのではなく、社会全般に目を向けているのだという姿勢を見せてほしい。

3 抽象的なテーマを出題された場合

・抽象的なテーマを出題された場合の書き方は、実は前回の「身近なテーマ」の場合とほぼ同じである。まず、具体的に自分の体験でテーマを捕らえるということ、次に、そのテーマについて、プラス(肯定的)面とマイナス(否定的)面を捕らえるということ。さらに、社会的な視点を付け加え、最後に自分の考えをまとめるのだ。

・このようなテーマ型の出題の時に重要なことは、自分の意見を述べなければならないのは言うまでもないが、自分と反対の意見についても述べなければならない、ということだ。要するに、プラス面とマイナス面を捕らえた上で、自分は意見を作り上げているのであって、けっして自分の好き嫌いで判断しているわけではないということをアピールしてほしい。

・とにかく小論文というのは、君たちが考えたことを書く場である。君たちの「好き、嫌い」を聞いているのではなく、君たちの「論理的な判断」が問われているのだ。「好き、嫌い」ならば、説明はいらない。「好きだから」で済んでしまう。だが、それではだめなのだ。「この考えにはこのようなプラスの面があり、こちらの考えにはこのようなマイナスの面がある。従って私はこの考えを指示する。」という書き方が模範的な書き方だ。

<練習問題>「規律(規則)」について述べよ(300字)

・ポイント

1 自分の身の周りには、どのような規律、規則があるのだろうか。

2 その規律、規則に対して君はどの様な立場を取るのだろうか。

3 その様な立場を取るのはなぜか。

4 君の反対の立場にはどんなものがあるのか。

5 マスコミなどの意見を思い出す。

6 規律、規則に対して、どのような態度で接したらいいのか、考えよう。

※今回は、「自分と反対の立場、反対の意見」をしっかり書けるように心掛ける。また、ポイントの最初に出した「身の周りの例」はあくまでも「例」に過ぎない。最終的なまとめの部分まで、「例」に捕らわれてはいけない。最終的なまとめは、「規律、規則」についての君たちの意見を記さねばならない。


小論文用プリント 4

・前回の講義では「抽象的なテーマ」について、勉強していった。ここで出題者に君たちがアピールしておきたいことは『バランスの取れた考えを持っているか』ということだ。ある一つのテーマに関して、君たちの意見を書くのが小論文である。だが、それは、君たちの独断ではいけない。ということなのだ。君とは違うものの考えの存在を認めなければならない。自分とは違う意見の存在を書いた上で、それでも私はこちらの意見を持っている、という書き方が必要であろう。

・さて、今回からは、「文章読解型」の小論文について学習してゆこう。このタイプの小論文の書き方には明確なパターンがある。

ア 筆者の主張をごく簡潔にまとめ、「〜〜と筆者はこう主張している」と書き始める

イ 筆者の主張を、自分自身の問題として考えるために、身近な例やエピソードを取り上げて書く。

ウ もう一度筆者の主張に戻って、それに対する自分の意見をまとめる。

<練習問題>「次の文章を読み、あなたの意見を書きなさい」(400字)

 知っている子どものいない小学校の運動会に出掛けたことがある。テントの下の校長の横に座っていた。これは余り面白いものではない。たとえば綱引きを見ていても、どっちを応援するということもないのだから、自分の子がその中にいる時とは熱の入れ方がちがう。小学生だから、幼さの魅力に思わずひきこまれたりはしたが概して悪いけれど退屈であといくつで終わるかとプログラムの残りの種目を何度も数えていた。

 ところが午後になり、ようやく六つぐらいというあたりで薄日の差していた空がみるみる暗くなり「おやァ?」などといっているうちに四種目残して雨が落ちはじめ、あっという間に土砂降りになった。スピーカーが「先生方は生徒を誘導して下さいッ」「中断して待ちます。父兄の方も校舎へ」などと叫ぶ中を、銃弾を避けるように人々が走り、たちまち誰もいないグラウンドに雨ばかりがしぶきをあげ、一向にやみそうもない。「全員各教室に入りました」と若い先生がびしょ濡れで走って来る。テントの下は、PTA役員、来賓、父兄などでぎっしりである。

 校長とマイクの傍らの教頭は立ったまま雨を見ている。テントの端からボタボタと雨が落ちる。「すぐやむ雨じゃないねえ」と誰かがいう。私にもそう思えた。

 「最後のリレーだけやろう」と校長が、決心したように教頭にいった。一年生から六年生の選手が走るレースである。

 それがよかった。雨の中のリレーである。転ぶ子が何人もいて、ころばなかった子も泥まみれで、素晴らしいレースだった。涙をふく大人が何人もいた。終わって全員が雨の中に整列し、同じくずぶ濡れの校長が閉会の挨拶をし、あとで考えると不思議なくらい大きな感動がグラウンドに満ちた。さっきまでの退屈な運動会が嘘のようだった。あとで校長が「生徒もあの運動会は忘れないでしょう」といった。

 雨は運動会にはもちろん不都合である。

 誰だって雨は避けようと思う。しかし避けたから万事よかったかというと、そういったものでもない。不運にも雨に降られてしまった運動会が、晴天で支障のなかった運動会よりはるかに心に残るということがあるのである。その時のリレーにしても、ころばずに一番で走った子どもたちより、二度もころんで、ひきはなされて、それでも走った泥まみれの生徒の方が強い印象を残している。

 小さな体験から大げさなことをいうようだが、支障というものは避ければいいというのではないのだな、と思う。不都合は克服すればいいというものではない。不都合や支障が、どれだけ私たちを豊かにしたり深めてくれたりしているか分からないというようなことを思うのである。

 不都合や支障がただ避けるべきもの克服すべきものとしかうつらない精神で見れば足の遅い子や勉強の出来ない子素直ではない子乱暴な子はなんの値打ちもない。出来ればそういう子はいない方がいい。目前の「負」の価値しか持たないものはなるべく切り捨てたいということになる。いまの日本の社会の基本的な価値観は、そういったものだと思う。時間なんぞというものも「なるべく有効に使う」のが善ということになってしまう。運動会の雨は、ただ不都合ということになってしまう。

 しかし運動会の雨がただ不都合なだけではなかったように、通常マイナスと思えるもの、邪魔と思えるものが、実は私たちをどれだけ豊かにしているかということを思うのである。

 社会にマイナスを愛するところがないと、マイナスはただマイナスであるしかなく、ついにはその社会を滅ぼすマイナスになるというようなことを考えるのである。

(山田太一「運動会の雨」より)